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旅行・地域

2017年7月 9日 (日)

盛岡市内でも想い出づくり

7月6日

今日は午後帰阪するのですが最高に天気は良さそうです。
岩手県のシンボルでもある2000mの最高峰、岩手山も今朝は頭を出してくれました。

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ところで、昨日わんこそばの帰り道に太鼓と笛の音がどこからとなく聞こえてくるのです。
盛岡では8月1日から4日まで夏祭りの盛岡さんさ祭りがあります。

その練習をしているのだなとすぐわかりました。
銀行のビルの上階からも聞こえましたが近づけないので、盛岡城址公園方面の音を頼りに行った時の写真です。
比較的単純なリズムの繰り返しですぐにでも溶け込めそうでした。

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私たちはホテルに荷物は預かってもらい近場の盛岡城址公園へと向かいました。
白い花崗岩で組まれた石垣、関東以北の石垣組の平城としては最大規模とのこと。

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ここのお城は南部藩により築城したのですが、明治初期に構築物が解体され、跡地が盛岡城址公園となりました。別名 「不来方城」・・"こずかたじょう"とも呼ばれたそうです。

これだけ立派な石垣がありながら天守閣がないのが残念です。

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石川啄木の歌碑がありました。
詠まれた句が・・・・"不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし15の心"

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城址に寄り添うようにしてあるのが桜山神社。
鳥帽子岩の巨岩もありました。いわれは案内板で。

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次に"もりおか歴史文化館"を訪ねました。
伝統文化の紹介がされており、子供たちとの触れ合いもあって大変いい想い出が。

まずは盛岡さんさ踊りに参加? どこかにいるでしょう・・・・。

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次が "チャグチャグ馬コ" 初夏の風物詩として色鮮やかな装束を着けた約100頭の馬が市内を練り歩くそうです。

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校外学習で、お祭りのビデオを観ながら学習中の子供たちの輪に家内も入り無理なお願い。
お祭り時の掛け声はどんなかやってくれる・・・それに何人かが応えてくれました・・・岩手の子は純朴で素直ですね。

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さらに家内はいい想い出を演出しました。
館内には秋祭りの勇壮華麗な山車が展示されています。

先生に引率された生徒たちがはっぴを着て、山車の上でボースとっていました。
これを観た家内は私も入れてと・・・・おかげで素晴らしい写真が撮れました。

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この近くには"背割り桜"の有名ポイントもあるのですが時間の都合でパス。
循環バスのでんでんむし号に乗って、宮沢賢治の童話、"注文の多い料理店"を発刊した光原社を訪ねました。

近くの橋の上から北上川の先に岩手山がよく望めました。
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宮沢賢治の銅像と
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光原社は、今は展示室やカフェとなっています。
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お昼前にホテルで荷物受け取り盛岡駅へ。
駅構内で、地元で話題の一品、最後の四つ目の一品は盛岡じゃじゃ麺です。

仰々しく食べ方が書かれていますが、なんだこんなものかとがっくり。家内も同様。
私が一品に推奨したのが間違ってました。(あくまで個人的な感想ですが)

左から最初の姿、かき混ぜました、少し残った状態で生卵に茹で湯入れスープに。

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1時過ぎの空港バスでいわて花巻空港に到着。
降り立った初日の天気と違い、ほんとに好天で見送ってくれました。・・・(完)

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2017年7月 8日 (土)

角館訪問と"わんこそば"挑戦!!

7月4日 (続き)

雨の心配もなくなり盛岡へと向かいました。

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盛岡には1時間少々で到着。
県庁の所在地ですから駅も結構大きいです。
石川啄木の出身地でもあり、もりおかの文字の下には「啄木」の名も刻まれていました。

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ホテルの場所がよく分からなかったのでとりあえずタクシーで向かいチェックイン。
私たちが最近旅の常道としているのが、時間に余裕あれば一休みの時間を十分とること。

ということでホテル室内でしばし休憩の後、夕食場所を求めて街に出ていきました。
大きな商店街をぶらぶらしながら進んでいくと、市内を流れる北上川にたどり着きます。
ここに架かる開運橋を渡るとすぐに盛岡駅です。

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駅地下に入り見つけました。

"岩手の地ビール べアレン直営店" "英国パブスタイル"

この標題をみるとついつい入りたくなります。
中欧の旅では随分と地ビールを飲みましたが、まだその余韻が残っているのですね。

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ここは地元でヨーロッパの伝統製法によりクラシックビールを造っています。
私はドイツ式の二種のビールをいただきました。

一品として、ガーリック炒めの枝豆と牛さがりのクミン串焼きとしました。

小さな丸テーブルに狭しとビール、一品を乗せ、腰高の丸椅子にちょい掛けしてビールを飲む姿もなかなかのものです。

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飲み終えた後、店の前で親切な若者が私達を撮ってくれました。
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駅構内の一角にはいろんなお店が出ています。
ずんだのお店にはつい足が止まります。
写真の店員さんと家内は意気投合し長々と立ち話。これも"おもてなし"と言われました。

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ビールと一品だけではお腹が満足しないので、駅前にある店"ぴょんぴょん舎"に立ち寄りました。ここは盛岡冷麺の名店です。

焼き肉を少々と冷麺を注文。地元の話題の一品として餅料理に続き二品目ケット!!

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ホテルまではぶらぶらと歩いて帰りました。2日目終了です。

7月5日

今日は秋田の角館を訪ねます。
盛岡からは秋田新幹線があり、45分位の距離です。
天気は悪くはありません。駅の上空は青空です。

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午前8:48発、こまち一号にていざ出発。
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あっという間に角館到着。
陸橋通路では早くも歓迎ムード。
ただ駅舎はセンスが感じられず少々期待外れでした。

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角館の街並みは2時間もあれば一周できます。
かっては城下町として栄え、今は年間200万人が訪れます。
武家屋敷と黒板塀が続く並木路が美しく、みちのくの小京都と呼ばれています。

メインは武家屋敷通りですから、このような案内が要所要所に設置されています。
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駅前から真っすぐ進み、郵便局のコーナーを右折するとやがて武家屋敷通りに入っていきます。

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かっての家臣の家が今も残っています。
小田野家にはいってみました。こちらは外回りだけの見学です。

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左右に黒板塀が続き、両側の400本の枝垂桜を含む木々の素晴らしい緑が心を癒してくれます。

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石黒家を訪ねました。
勘定役についていた由緒ある家柄だそうです。
ここは有料ですが案内してもらいました。

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この写真の通りは緑のボリューム、枝の垂れ具合といい最高ですね。
桜の季節、雪の季節とどのように様変わりするのでしょうか。
そんなことを想いながら戻っていきました。

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昼食場所はどこか、私の勧めは比内地鶏丼で有名な店(少々高い)、しかし意見合わず。
結局、観光客向きの店より地元の人が利用するお店がいいとの家内の意見取り入れ、右の源八さんへ。
私は秋田名物の稲庭うどん定食、家内は焼き魚定食。
家内は自分の選んだ定食が美味しすぎるとべた褒めでした。
私はうどんはやはり讃岐だなが素直な感想でした。

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最後に駅前と駅構内で撮りました。
やはり駅前は貧弱ですね、構内には飾りがあってよかったですが。

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3時過ぎに盛岡に戻りました。
ホテルに戻る途中で商店街の盛岡せんべいのお店で買い物。

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3日目のメインイベントは三つ目の話題の一品、わんこそばに挑戦です。
お店は "東家本店" 。
6時ころ店に到着することとし、とりあえず部屋で休息をとることにしました。

定刻に東家本店に到着。
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二階に通されました。
ちなみに15杯でもりそば一杯分とのことでした。

二人はエプロン付けて早や臨戦態勢です。
私は早くも勝利宣言の様子。

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そばの準備が始まりました。
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一応テーブルには鮪の刺身、なめこおろし、とりそぼろ、胡麻、ノリ、漬物などが並べられていて、戦闘中に口にしてもいいのです。
右の小桶は各自の器に汁が残ればそこに捨てます。
右写真、隙を見て撮ったものですがこの時点かなり積みあがってます(2人分です)

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最終の結果は、私は101杯、家内は61杯、2人合計162杯でした。

積みあがった器とともに記念に撮ってもらいました。

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通常、食べた個数の証明書はもらえますが、100 杯以上になると特製の木の証明板がもらえます。私がもらったものです。

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わんこそばの感想、
事前に出された添え物に手を出す暇などない。
私はもともと数こなそうと参戦しているのでそばを味わう余裕はない。
後半になってくるとお腹に収まる前に次が入ってくるので苦労する。

でも頑張りました。
最初で最後のわんこそば体験・・・・大成功!!

お腹パンパンでお店を出てきた2人です。

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当然のことながら食べた後は運動あるのみ、歩いて歩いてホテルに戻りました。・・・(続く)

2017年7月 7日 (金)

世界遺産の地・ 平泉&厳美渓

7月3日

梅雨入り真っただ中、岩手県を訪ねました。
東北は夏祭りの8月がいいのは分かってますが、逆にあえてこの時期にしました。

岩手花巻空港には伊丹から直行便が出ています。
ローカル空港ですから機種も小型ジェット、50人くらいの客を乗せて出発。
ゲートの案内では現地23度で雨・・・・もちろんこれも想定内。
家内は、晴れ女の私がついているから大丈夫と言うのですが・・・・?

珍しく富士山も雲上に垣間見ることができました。

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まずは花巻空港からバスでJRの花巻空港駅に向かいます。7分位。
盛岡と平泉の中間地点にある小さな駅です。
今日は平泉へと向かいます。

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平泉駅に到着です。
空模様曇天、雨も降ったりやんだり。
さすが世界遺産の地、駅前にはしっかりと毛越寺、中尊寺の案内塔が。

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駅前の芭蕉館で昼食です。
私は冷たい山菜おろしそばをいただきました。

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駅前の案内所でパンフレットをもらい、周遊バスで毛越寺に向かいました。
案内所親切でした。私たちの小さな傘をみかねてか大きめのビニール傘貸してくれました。

毛越寺入り口に到着です。駅から5分とかかりません。
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毛越寺は藤原氏滅亡後、度重なる災禍で全て建物が焼失したが、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構が完全な状態で保存されています。

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本堂です。
平安時代に作られた薬師如来が本尊です。

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この広場の一角に、この地を訪れた松尾芭蕉が、悲運の武将義経をしのび詠んだ
夏草や 兵どもの 夢の跡」の句碑があります。
このあと、浄土池を一周しながら当時の堂塔伽藍をしのばせる礎石等の遺構を巡ります。

毛越寺庭園
出島と池中立石、荒磯の風情を表現しており、庭園を象徴する景趣です。
かっては池を横切る橋が架けられていたそうです。

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それではその趣を感じながら・・・・記念に一枚。
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茅葺屋根の常行堂・鐘楼堂・あやめ園
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ほとんどが礎石などの遺構だけですが、この広大な敷地に当時の繁栄を想像しつつ徒歩で平泉駅に戻りました。

宿からの迎え車に乗り、駅から数分の位置にある渓谷美で有名な厳美渓へ。
今宵の宿は、温泉宿の"いつくし園"です。
標準的な夕食を済ませ、温泉に浸かって就寝。

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7月4日

今日は厳美渓を散策し、中尊寺へと向かいます。
曇り空ですが、雨も降ってなくて昨日よりは増しな天気となりそうです。

山間部の雨のため、水嵩も増しそれなりの流れと色になっていました。
紅葉の時期はさらに素晴らしいでしょうね。

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ここの名物に"かっこう団子"があります。
:渓谷を挟み、小高いところにあるお店とロープを使って団子のやり取りをするのです。
テレビの旅番組でその様子が放映されているのを観たことがあります。

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私たちはお店の方を訪ね、団子をいただきながらその様子を観させていただきました。

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一串130円と安いです。
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お店の方に聞くと、今日は台湾の団体さん15人がこのパフォーマンスやるそうです。
対岸の岩の上に集まってきました。

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お店も商売上手で、籠に台湾の旗と日の丸をつけて無事団子のやり取り完了。
このあとお店に押し寄せるとのことで、私たちも早々に退散。

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さらにしばらく付近を散策。
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一旦宿に戻り、平泉に戻るのにバスかそれともタクシーかと迷っていたら、ご親切にも平泉駅まで送ってくれ、さらに荷物を預けた後中尊寺まで送ってくれました。
外国では多額のチップをはずむのがあたりまえ、お礼を述べて済む日本はいいですね。

ということで中尊寺に到着。
中尊寺は高僧慈覚大師円仁により開かれ、その後奥州藤原氏により大規模な堂塔造営が行われ、藤原三代がおよそ100年にわたって王朝風の華やかな文化を築いた。
藤原氏滅亡後、多くの堂塔が焼失するなか金色堂だけが当初のまま残る。
今回訪問の主目的はここなのです。

しばらくこう配のある月見坂を上っていきます。
両サイドにはスギヒノキの大木が並び、この坂の歴史を感じます。
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金色堂にたどり着くまでにも多くの重要建物があります。
弁慶堂
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薬師堂
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坂道が終わるとすぐに本堂があります。
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中尊寺の根本道場です。ご本尊は釈迦如来
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今回の旅の前日に左目が充血してしまいました。
日曜の為病院にも行けずじまいで旅決行。

ところが参道途中にやたら目を強調している薬師堂がありました。
早速飛びつき、完治をお願いし、お守りも買いました。
おかげで特に気にすることもなく旅することができました。

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お守りです。何故家内がVサインしているのかわかりません。
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いよいよ金色堂に到着です。
金色堂本体は今はコンクリ製の建屋の中に納まっています。

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金色堂は1124年の造立で、現存する唯一の創建遺構です。
ご本尊は阿弥陀如来、脇侍に観音・勢至菩薩、さらに六体の地蔵菩薩と持国天・増長天が本尊を取り巻いています。

堂全体を金箔で覆い、皆金色の極楽浄土を現世に表しているとのこと。
内陣は螺鈿細工、蒔絵などが施されています。

この下には藤原四代の遺骨が眠っています。

とにかくすごいです。
もちろん写真撮影は禁止ですので、パンフレットの写真でそのすごさをご覧ください。

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その荘厳さに圧倒され建物から出てすぐに目にしたのが、
芭蕉翁句碑です。
この金色堂を観て詠んだ句が、「五月雨の 降り残してや 光堂」 

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最後に白山神社の能舞台を観て下山。

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岩手の一関を中心としたこの地域には餅文化があり、餅料理をメインとするお店があります。
そこで昼食は、中尊寺からも近い "夢乃風" を訪ねました。

藤原三代お餅善をいただきました。
あんこ、ずんだ、しょうが、くるみ、くろゴマ、お雑煮のお餅に口直しの大根おろしとお漬物

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今回の旅では、地元で評判の一品を四ついただくことにしてます。
まずは餅料理の一品ゲット!!

このあとJRにて盛岡に向かいました。・・・・・続く

 


2017年6月13日 (火)

中世の面影を残すプラハ

6月4日の続編

夕刻チェスキークルムロフからプラハに到着しました。
ホテルは旧市街の街歩きに便利な"マリオット"、アメリカンスタイルで部屋も広いです。

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自室に荷物が間違いなく届けられたのを確認、ロビーに集合し夕食会場に向かいました。
今宵は「ジャルパックこだわりディナー」と銘打っておりそれなりの食事が・・・・。

レストランはホテルから近い、大変格調ある建物、市民会館一階のレストラン「フランツォウスカー・レスタウラッエ」です。
旧市街出入り口のある火薬塔の傍にあります。

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メインディッシュは肉、魚料理からのチョイスです。
私は肉を選び、野生の鴨料理でした。

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チェスキークルムロフでもそうでしたが、食事後のフリーな時間を利用して、希望者だけ
特別に街ブラを添乗員がしてくれます。
外国の夜の街歩きは通常避けていますが、これならとほとんどの方が参加します。
この時の写真は、翌日の現地案内人による街歩き記事で必要に応じて挿入します。

6月5日

朝食では外国という特別な雰囲気の中、余計なものまでつい皿に取ってしまいます。
そろそろ私もいつもの朝食スタイルに戻さなければ・・・・。
今朝の私はいたってシンプルに、家内もこの時点では皿盛りが少ないようですね。

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朝食後、ホテル前に出て気温の体感をチェック。
プラハは先の2都市に比べて北に位置しているので25度は越えなかったと思います。

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今日の現地案内人はプラハ在住16年、高知出身の女性の方です。
まず向かったのはヴルタヴァ川の西岸に広がる丘に建つプラハ城。

城壁で囲まれた敷地内には教会や王宮、修道院とか様々な建築物が存在しており、
これからそちらを訪ねます。
車窓からは、すでにその姿が遠目に見えてきました。

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まずストラホフ修道院を訪ねました。
今は民族文学博物館として二つの図書館があり、中世を物語る膨大な蔵書が所蔵されています。
図書室内のスタッコ細工とフレスコ画の天井が凄いです。

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プラハ城内敷地に入るには手荷物検査があります。
到着したこの入り口には例のアジア系外国人が長蛇の列。
ガイドはよく知ってます、機転を利かせてこの先にある穴場の入り口へと急ぎました。

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さすがにベテランガイド、待ち時間も少なく入場することができました。
木陰の路に涼しさを感じながら歩くうちに聖ヴィート教会の雄姿が現れました。

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最終、衛兵のいるこの正門をくぐって中に入ります。
青服の衛兵さんとは皆さん気軽に記念撮影してます。
ところが機関銃の兵隊さんに家内が近づきなにやらひそひそ・・・撮影させてとねだったようでOKとなりパチリ、普通は怖くてみな近づきませんよね・・・・。

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中庭に入りました。

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いよいよプラハを代表する聖ヴィート教会の正面に出ましたが、ここからはそびえ立つ感じて、とりあえずこの見上げた写真しか無理ですね。そして入場。

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ここのステンドグラスは数多くあり、みんな素晴らしいものでした。
これまでいろんな協会のステンドグラス観てきましたがベストスリー間違いなし。
この写真のステンドグラスにはミュシャの作品も入ってます。

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このあと旧王宮の広間、聖イジー教会と回る。
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ひと回りして外に出ると、いよいよゴシック様式の荘厳な尖塔を持つ聖ヴィート教会の全貌を目の当たりにすることができました。
全貌が入るように広場の端まで下がって撮りました。

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ここからは、王様のお抱えの錬金術師たちがここで作業したことから、「黄金小路」と呼ばれ、土産品を売るお店が並ぶ通りを歩いてカレル橋へと向かいます。

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途中休憩をとりながら、下に見える黒っぽいタワーゲートのあるカレル橋まで下りていきます。

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プラハは100塔の街と呼ばれているとガイドに聞きましたが、この写真を観ても多くの尖塔があちこちにあるのがよくわかります。

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下に降りるにつれてこの混雑、みな橋に向かっているのです。
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カレル橋はヴルタヴァ川に架かる全長516m、16のアーチを持つゴシック様式の石橋です。
橋の両側には2つのタワーゲートが立ち、欄干には30体の聖人像か並んでいます。

橋の上に上がりました。
やっと高知出身の現地ガイドの姿が写りました。(ピンクのシャツ)
欄干には聖人が、後方にはプラハ城の丘が望めます。

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聖ヤン・ネポムツキー像の台座に触ると幸運が訪れるそうで、触りすぎ金色になってます。
家内も触り、終わるとなにやら満足の様子。

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一体だけ日本になじみの聖人がいました。
下写真の聖フランシスコザビエル像です。下で支える従者の中にサムライ風の姿が。
ついでに私も聖人として一枚。

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橋を渡り終えました。
プラハ城の小高い丘がよく望めます。

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ちなみに昨夜橋の麓にきて撮った夜景です。
左は橋の旧市街側にあるゴシック様式のタワーゲート、右はプラハ城夜景

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みなさん橋を渡り切り、旧市街の中心広場へと向かいます。

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この中央広場の象徴はティーン聖母教会です。高さ80mの尖塔の間には金のマリア像が。
昨夜はライトアップされてました。

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旧市庁舎のの天文時計では、一定時間になると窓が開いて12人の使徒が動き出すのですが待ちきれずパス。
普段は塔の上からは抜群の景色が望めるのですが、工事中で上れず残念。

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今日の昼食はフリーです。
添乗員のお勧めで生パスタの店に数人が行きました。
12種類のパスタが展示されており、ここから好みのパスタを注文します。
全て手打ちです。

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私たちは平たいフェストチーネ、ホウレンソウ入りのグリーンのパスタにしました。
もちろん食前酒も。

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このあとオーガニック石鹸のボタニクスに立ち寄り数点購入。

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旧市街への出入り口火薬塔を通り抜けホテルに戻りました。
ゴシック様式の塔ですが、戦いでは火薬庫として使用されていたためこの呼び名が。

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夕食は外のレストランを予定してましたが、
ツアー仲間のご夫妻から、事前予約してたミールクーポンが都合で使用できなくなり、どうでしょうかとの打診があり買い取りました。

ということで今宵は他のミールクーポン仲間との会食となりました。

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私はビール二杯とシーザーサラダ、メインは鳥のキジ料理でした。

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プラハでの最後の夜が終わろうとしてます。
テレビでは盛んにロンドンのテロのニュースが流れてましたが
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中欧では何ら危機感は感じられず平穏な旅が続いています。・・・・・(最終日に続く)

2017年6月11日 (日)

小さな町 チェスキークルムロフ

6月4日

今日は、"世界で一番美しい街"と言われているチェスキークルムロフを歩きます。

地図があります。
中央、ヴルタヴァ川に囲まれた中州のくびれた部分の赤丸がホテルの位置です。

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今日も天気は良さそうです。
さすがに少し北に位置するので暑さは和らぎ20度を少し超えたくらいです。
出掛ける前にホテル前のビューポイントで、朝日を浴びた街並みをバックに、
家内はホテル入り口で。

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ホテルのロビーは、さすがに旧修道院だけあってロビーの壁にはイエス様

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出発までの待ち時間の間に、女性軍が女子会だと言いながら急に
賑やかになりました。
このツアーも最初から女性の方がパワーありましたからね。

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ホテルを出て聖ビート教会を横目にだらだら坂を下っていくと、路地の向こうにチェスキーのシンボル、クルムロフ城がフッと現れるのですね。こうした景色がポイントなのです。

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旧市街の街めぐりの起点になる広場に到着。
カフェ、ホテル、観光案内所などあります。
ここからクルムロフ城に向かって左右のお店を観察しながら街並みを歩きます。

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いよいよ観えてきました。

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こうして歩いた先には必ず素晴らしい景色が待ってます。

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最後に私はこのクルムロフ城の展望台上ります。
らせん階段での歩きですから、さすがに6人だけでしたが、家内もパスしました。

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何か所かビューポイントがあり、案内ガイドがしっかりと導いてくれます。
最高の一枚はこの風景です。

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そして私が頑張って上ったクルムロフ城の展望台から眺めた景色です。

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これでもかと写真並べましたが、これほどにコンパクトに"美しい街"として存在感があるのですから、皆さんに紹介したくなります。

もちろんそんな素晴らしい風景には人物も必要です。

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実は、昨夜は添乗員の案内で夕暮れから夜にかけて街をぶらぶらしました。
夜にしか観れない写真撮りましたので何枚かご覧ください。

これは建物間の回廊ですが、暗さを増すとライトアップの効果でこんな素晴らしい写真に。

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いいですね、芸術的ですね。

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何といってもクルムロフ城はどこから撮っても絵になります。

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個人的には経験の中で一番印象に残る街だと思います。
そんな街を二度も訪ねることができたのですからほんとに幸せです。

さて街歩きも全て終了、今日の昼食場所はビール醸造所直営レストランです。
もちろんこの街にあります。

ここも女性軍は集結して完全に女子会模様、男性は片隅に・・・。

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私は黒ビールを、途中で家内のビールが回ってきました。

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なかなか雰囲気のあるホールでした。

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メインは鯉料理だったとおもいますが、全て美味しかったです。

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みなさんご機嫌で出てきました。

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これから3時間かけてプラハに向かいます。・・・・(続く)

2017年6月 9日 (金)

ウイーンに向け出発

6月1日

今日は途中寄り道しながらウイーンに向けてバス移動です。
ブダペストの朝、今日も天気良好暑くなりそうです。

見納めとなる、ホテル窓越しの朝景色、今朝も船がゆっくりとドナウを下っていきます。

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上階から見下ろすテラス席で最後の朝食をとりました。
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ホテルを朝9時出発
まずは、ブダペストから1時間弱の地にあるドナウベント地方を訪ねました。
ここはドナウ川の氾濫を避けるため丘の上に造られたセンテンドレの街です。
石畳の路地が美しい中世の街並みが観られます。

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少し賑やかな街並みに出てきました。
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石畳の街歩きがどんなに足に疲労をきたすか、外国にきて特に感じます。
ひどいところは、石どうしの間隔が広過ぎてまさに石の上を歩くがごときところもあります。

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そこで、トイレ休憩を兼ねてカフェで一休み。(公衆の場でも有料トイレがほとんど)
私は冷たいコーヒー頼んだらこんなもの出てきました。
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次に1時間ほど走り、古都エステルゴムにあるハンガリーカトリック総本山の大聖堂を訪ねました。
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敷地内の一角では聞きなれたメロディーの演奏がなされており、しばし立ち止まる。

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大聖堂に入場、荘厳です。世界最大のキャンパス画も観られました。
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礼拝堂とみごとなパイプオルガン
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真剣に説明を受けた後、家内もしばしお祈り・・・。
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大聖堂のある丘の展望所からドナウ川が大きくカーブする"ドナウの曲り角"ドナウベントを観ることができます。
橋の向こうはスロバキアです。

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単身参加のOさんと三人で撮りました。
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この後街のレストランで魚料理の昼食、食前酒はビール
メインはリゾットが土台の魚料理

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ブダペストの通貨はフォリント、日本から少々持参してましたが、使用できるのはここまで。
そこでドライブインで残りをすべて消化・・・・これには後日談があって、ウイーンのホテルでシャツを洗濯したのですが、なんと胸のポケットに2000フォリント(約1000円)入ってた。
ガラスに張り付け乾かし、ブタペストから来ている運転手に進呈しました。どんなに喜んだか

 

昼食後、2時間半の距離にある、スロバキアの首都、ブラチスラバを訪ねました。
まずは市の象徴であるブラチスラバ城に、皆さん休憩しながら外観のみ。

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お城を正面から、ここでもドナウがゆったりと流れています。
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街中に下りてきて散策
トラムも走ってます。 中央に殿とあるのがミハイル門で、かっては城壁と四つの門で守られていたが、現存する唯一つの門です。

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中世から街の中心となっていた中央広場にやってきました。
現在は、博物館や各国大使館、カフェなどがあります。

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お三人は菩提樹の木の下で一休み。私にとってはこの木は曲者でした。
写真のとおり花をつけているのですが、他の地でも何度も遭遇しました。
この花粉にやられたようです。私の鼻は外国に行くたびに症状が少なからず出ます。

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この広場には日本大使館もありました。
日の丸に菊の紋章が・・・・。
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途中観光も全て終了。
ここから1時間30分かけてウイーンの街へと入っていきました。
本日から2泊するのが街中心まで徒歩圏内のインターコンチネンタルホテルです。

夕食は、ホテルからすぐの公園内にあるレストランです(写真建物内)。

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メニューのメインはウインナーシュニッツェル・・・牛肉をたたいて薄く伸ばし、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけ揚げる。今回レモンのみで食べました。(写真絞り失敗で写りよくない)

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無事ウイーンに到着し三日目終了・・・・・(続く)

ドナウの夜は幻想的

5月31日・・・続き

市内の歴史的建造物巡りも終わり、午後の3時間ほどはフリータイムでみなさん好きなように行動。
夕食は市内レストランです。
再度ホテルに集合し夕刻よりバスで出掛けました。

メニューは"グヤーシュ・スープ"の前菜と、ハンガリーの食べる国宝"マンガリッツア豚"をメインとする食事でした。

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右写真の大きいピーマンを輪切りしたようなもの、誰かが食べようとしたら"ノー"
これは青唐辛子で大変辛い、スープに浸すだけでした。

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メイン料理とデザート、いずれも美味でした。
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普通のコーヒーがよかったのにエスプレッソとは・・・
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無事食事も終了、今宵のメイン行事であるドナウナイトクルーズに向け出発。
クルーズ船は午後8:30から1時間の予定です。

ところがくさり橋のそばにある予定の船着き場に到着すれど船がいない。
添乗員も慌てました・・・・盛んにどこかに連絡しているのですが、どうもここではないらしい。

今いるくさり橋の先にあるマルギット橋を超えたところだというのです。
しかも両橋間は1600mあります。悪いことにバスが侵入できないのです。歩きました。
今回の仲間は皆さん大人、一切文句言わず従いました。

指示された場所に着いたがここも船いない。空も本格的に暮れてきました。
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この話長くなるので結論を言いますと、ここでも実は船は来ず、再度くさり橋へ引き返す。
ドナウの畔を4キロほど歩いたことになります・・・これもいい想い出ですね。

この写真は引き返すときのものです。マルギット橋も次第にライトアップが鮮明に。
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この写真は、くさり橋の船着き場に引き返し、船の到着を待つ間に撮りました。
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結局、ホテルで一休みし、2時間遅れの10:30にナイトクルーズスタートです。
当然ほかのクルーズ船はいません。ドナウの流れは私たちの貸し切りとなりました。

苦労しただけあって、素晴らしい光景が私たちのために輝き続けてくれました。
それではその光景をご覧ください。

国会議事堂です
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くさり橋と王宮
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王宮
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エリザベート橋
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マルギット橋と自由橋
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くさり橋とブダペストの有名な温泉施設
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事前のトラブルを吹き飛ばすような、皆さん大満足のナイトクルーズでした。

私も今宵のためにデジカメによる夜景撮影についていろいろと研究しました。
これまで必ず失敗してましたが、今回は70点の出来でまずまずです。

明日はブダペストを出発し、ドナウベント、スロバキア経由ウイーンへ向かいます。・・・・(続く)

追伸**今回のクルーズ船トラブルに対し、申し訳ないと現地の案内人から全員にフォアグラの缶詰が配られました。

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2017年6月 8日 (木)

ブダペスト歴史的建造物を巡る

5月31日

ブダペストの一夜が明け、改めて眺める窓越しの景色が素晴らしい。
くさり橋を抜け、ゆったりとドナウを下る遊覧船、そして朝日に映える王宮の丘・・・来たぁ!!

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ホテルの朝食は6:30からできます。
二人とも早起きですから早々に朝食会場へと向かいます。
ホテルの中央部が吹き抜けになっており、会場は2階部分にあります。

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私自身、日頃の朝はパンとコーヒーの簡単なもの、こうして外国に来るとついつい多種類のものを皿に乗せたくなるのですがそこそこに・・・家内の口癖は朝はしっかり食べるでした。

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朝食の後はホテル周りを朝の散歩。すがすがしい天気です。
この日は日中30度まで上昇、ただ湿気が少ないので日本と体感が違う。
ホテル外観と入り口前で

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ホテルのすぐ前にはトラムの停留所があります
右写真背景の建物は王宮で、後に訪ねます。

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ブダペストはドナウ川を挟んで、王宮など歴史的建造が並ぶ丘や高級住宅のあるブダ地区と、庶民の街として栄えたペスト地区から成り立っています。

今日はこれらの名所をバスと徒歩で巡ります。
最初に向かったのが、聖イシュトヴァーン大聖堂です。
道路を渡り、聖堂の背部を観ながら正面へ。

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ハンガリー建国1000年を記念して約50年の歳月をかけて造られたネオルネサンス様式の教会。正面に回りこみ説明を受ける。

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内部です。教会はどこもフラッシュ使用しなければ撮影可です。
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ステンドグラスも美しい。
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「聖なる右手」と呼ばれる、初代国王イシュトヴァーンの右手のミイラも安置されている。

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このあとくさり橋を渡り、国会議事堂を横目に観ながら王宮の丘へと向かいます。

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麓でバスを降り、徒歩にて階段を上っていきます。

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日頃からジムで鍛えている二人にはノープロブレム!!!
日傘利用は日本人だけ・・・とりわけ家内は常用者

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上まで上り詰めると、聖イシュトヴァーンの騎士像がりりしく立つ広場へ出る。

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まずは歴代のハンガリー国王の戴冠式が行われたゴシック様式のマーチャーシュ教会へ。
ダイヤモンド模様の屋根瓦に特調があります。

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教会内部に入ります。
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主祭壇のマリアさまとステンドグラス
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教会は、日本で全く縁のない私ですが、どこの教会に入ってもその荘厳さにいつも凛とさせられます。

一旦外に出て"漁夫の砦"に上がります。マジャル人部族の大小7っの塔があり、その名の由来には諸説あるようです。観光人としてはここからのペスト地区の眺めが最高です。
広場に振り向けば、イシュトヴァーン像と教会の位置関係がよくわかります。

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目をペスト地区に向けると、くさり橋の向こうに黒い建物がありますが、左が私たちのホテルソフィテル、右は天下のコンチネンタルホテルです・・・・立地的に負けてない!!
私たちははるか先にある国会議事堂をバックに撮ってもらいました。

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次に向かったのが王宮
13世紀に創建され隆盛を極めた時期もあったが、トルコ軍の侵攻、その後の大戦や火災など激動の歴史を刻んできた。現在、国立美術館、博物館、図書館として公開されている。

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衛兵さんにご挨拶。
家内は単身参加のOさんとなにやら関係ないお話を・・・。

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このあと麓まで徒歩にて下りますが、ここからは角度の違うペスト地区の眺めが望めます。
右写真のようにケーブルで上ることもできます。

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麓からは再びバスに乗り、英雄広場を訪ね後昼食会場に向かいます。

英雄広場とは、1896年に建設されたブダペスト最大の広場。
中央には35mの高さに大天使ガブリエルをいただき、7人の騎士像が記念碑を囲んでいる。

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昼食会場は広場のすぐ近くにありました。
老舗レストラン「グンデル」でのハンガリー料理をいただきました。

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私はもちろん食前酒はビールを

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スープ、デザートとも美味でしたが、メインは鳥が主体の料理で、味が薄めで個人的には・・・。

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食事後、レストランのスタッフと並んで写真撮りました。
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昼食の後はホテルに戻り3時間ほどフリータイムがあり皆さん街中を散策。

夜はチャーター船にてドナウ川クルーズです。
ホテルで夕食のあと出発します・・・・・(続く)

2017年6月 7日 (水)

中欧の魅力の街を訪ねる

5月30日

我が家ではまさに枇杷の実が色づき、収穫のピーク間近。
旅行の日程と重なるため、いくらか早めに収穫し知り合いにお裾分けしましたが
枇杷担当の家内が留守中の鳥害を心配する中での旅立ちとなりました。

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今回のコースは7年前にも訪ねており、JALパック(成田発)利用の2度目の訪問です。
最初の訪問都市ブダペストへはJALの直行便がないのでヘルシンキ経由で向かいます。
スカンジナビア半島のフィンランドの首都ですが、例え経由地であろうが、個人的には初めて足を踏み入れることになります。

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朝はたいへん早かったです。
伊丹発がam8:00、成田初が10:30ですから大変気ぜわしい乗り継ぎでした。
残念ながら楽しみにしてた特典の桜ラウンジでの時間が持てず。
機内で初めて添乗員さんと合流、かなりのベテランとみた。

今回は総勢19名、内訳はご夫婦8組、女性の2人旅(50歳台)、女性1人旅(60台)です。
私の同年配が1人いましたが、結果的に男女とも私たちが最年長でした。
いろいろ観察した結果、元気さからいっても私たち夫婦はトップクラスでした。

これまでヨーロッパ旅行では12時間前後の長時間フライトにも耐えてきました。
なにしろ二人はご老体ですから、今回はエコノミークラスより若干座席の前後に余裕があり、足載せが上下でき、後ろに迷惑かけることなく背もたれがスライドする座席、プレミアムエコノミーとしました。

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テレビのインチも大きめでたいへん観やすかったです。

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食事はエコノミーと変わらないのですが、頼めば間食も特別とることができます。
酒類はエコノミーと違いシャンパン、ワイン、ビール日本酒、焼酎、カクテル等々豊富です。
残念ながら機内ではそんなに飲む気になれませんね・・・・。

離陸後1時間後に出された食事です。私はカジキのカツ丼、家内はハンバーグ&ジャンバラヤ、飲み物は食前にワインとシャンパン、途中ビール最後にハーゲンダッツです。
今回は満足度の高い食事でした。

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今回はヘルシンキまで9時間と、いつもより短めであり、椅子の快適さとも相まって時間の経過が早く感じられました。

到着2時間前に、北海道産トウモロコシのシチューショートパスタ、石窯パン等々が出てきました。時間的に言うならば、一回目の食事は昼食、今回のものは夕食に当たるのだが中身は軽食。
ブダペストの到着時にはお腹的に問題になりそう・・・・。

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ヘルシンキ空港は敷地は広いですが、パリやロンドンのように洗練された感じはなかった。
乗降客はロングバスでのターミナル移動となりました。

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乗り継ぎは、添乗員がついているので私たちは何ら神経を使うこともなく導かれるままに。
個人旅行ではこうはいきません。その大変さを考えて、直行便を優先してきました。

乗り継ぎ搭乗口に向かう途中にも北欧らしい食べ物がやたら目につきます。

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16:45発のフィンランド航空、再びバスでそして乗り込みブダペストへ。
約2時間のフライとですが、ブダペストとは1時間の時差があり、到着は現地時間午後8時過ぎです。
機内ではジュースのサービスのみ、食べ物は有料です。
到着後の食事は付いてないので皆さんどこかで食べることに・・・・。

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機内はこのジュース一杯のみ、私たちはブタ地区のあるレストランを想い浮かべながら、可能なら行ってみようと・・・・やがてブダペストに到着。
全員の荷物も無事出てきてまずは一安心。
バスにてホテルに向かいました。

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ブダペストのホテルはドナウ川のたもとに建つソフィテル・チェーンブリッジです。
最高の立地にありますが、自室からの景色が期待通りなのかが心配でした。
窓越しにくさり橋、その先の丘に建つマーチャース協会等が望めバッチリでした。

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各自は自室で荷を解き、夜をフリーに過ごしました。
夜といってもこの時点未だ外は明るい。

私たちは7年前に家内の勘を頼りに偶然訪ねた、ビールも料理も美味しかった店を訪ねることに。
くさり橋を渡り川沿いを右方向に進んでいくと懐かしい店が間違いなくありました。
前回頼んだ、木枠に収まった奇抜なロンググラスに注がれたビール、今回も飲みました。

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料理は温サラダで色んな具材が混在して美味しい。右側の料理も良く説明できないがとにかく美味しかった。

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お店は外国人ばかり、ビールの種類も豊富で、大変賑やかな雰囲気で家内も満足。

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あまり夜も遅くなると危険なので9時半ごろ店を出ました。
お店のテラスで記念に。

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お店からホテルまでは徒歩15分くらいの距離、さすがに外は完全な夜です。
実は二日目にドナウ川クルーズがあり、ライトアップされた景色を堪能するのですが、一足早く一部観ることができました。

店を出てすぐの対岸にあるのが国会議事堂、きれいにライトアップされてました。
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くさり橋のライトアップも素晴らしかったです。
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懐かしい店も訪ねることができたし、前のように料理もビールも美味しくて大満足。
通常外国では極力夜の2人歩きはしないのですが、橋の上はライトアップされて明るく、街灯も明るく、問題ありませんでした。

夜は家内が恒例にしている、洗濯物をバスタオルに包み足踏みして水分を切った後バスルームに干す、この一連の作業も無事終了し、眠りにつきました。・・・・ (続く)

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2017年1月16日 (月)

最終日は青空に見送られ

1月13日

今日は旅行の最終日
何かを期待し6時過ぎに起きてカーテンをばっと開く。 オー!!
東の空が明るい、山の稜線もくっきり見える、よしっ今日は晴れるぞ・・・・。

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美瑛の日の出は7時過ぎ、まだ少し時間があるので外に出てみる。
家内も明るい方向を指して何やら言っている。

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趣向を凝らして芸術的に撮ってみる。なかなかのものでしょ。

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敷地外の風景、昨日到着時に撮った場所と同じ風景ですが、彼方の山々にも明かりがさしてきて、美瑛の丘にも朝が来た・・・・。

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少しだけ散歩、私はペンション入り口の案内板を指さしています。

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散歩から戻り、じっくりと時間差で朝日の出る様子を観察します。
ついに快晴の朝が来た・・・・。
 

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お天気さんも我々が気持ちよく旅立たれるよう特別配慮したのですね。
プレイルームにもさんさんと光が差し込んでいます。

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朝食もことのほか美味しかったです。
奥様手作りの干し柿(写真左)柔らかく大変美味でした。
北海道はお湯につけるとか、焼酎をふりかけるとか一切不要で自然任せで干すとのこと。
やはり気候の違いですね。

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改めて好天下のペンション本体の前後の姿を、そしてペンション敷地への入り口と入ってすぐ左手の広場、小さな菜園もあります。なにしろ5000坪の敷地ですから。

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昨日悪戦苦闘した前面広場の雪の中で最後のお遊びに挑戦。
マスターが特別かんじきを貸してくれました。
十勝岳も(逆光で白く見えませんが)旅立ちのお見送りをしてくれました。

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マスターには美瑛駅まで送ってもらいましたが、道中、初日の曇天風景とは一変した素晴らしいパッチワークの丘も撮ることができました。

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美瑛駅に到着
お別れ前にマスターと一緒に写真に収まる。

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美瑛プラットホームにて、一直線にどこまでも伸びる雪の線路道・・・・。
やがて列車が近づき車中の人となりました。

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このあと旭川で乗り換え、新千歳空港へ一直線。
四泊五日の北の大地の旅、全ての"旅のテーマ" クリアして無事帰阪。   完

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