無料ブログはココログ

旅行・地域

2018年1月14日 (日)

沖縄最終日

1月12日

今日夕方の便で帰阪します。
今朝の空模様も昨日同様で決して良くはありません。

Dscn3620

予定どおり午前中は首里城を訪ねます。
観光案内所の指示どおり、てんぶすバス停から首里城方面行に乗りました。
なんと私達二人だけ。
昨日のガイドさんが言ってましたが、沖縄の人は寒くなると外出を控えるらしくそんな影響からかな・・・。

今回は首里城のガイドさんを頼みます。
首里城の総合案内所前でガイドさんを待ちました。(一人1000円)
この間、館内で一休み・・・・折角ですからちょっとしたおふざけ写真も

Dscn3627 Dscn3628

ガイドさんと合流、結局依頼者は私たちだけでした。
独占ガイドスタートです。ガイドさんの風貌はまさに沖縄の女性でしたね。

首里城の入り口にあるのが 赤瓦の美しい"守礼門"
屋根下にある文字は「守禮之邦」→琉球は礼節を重んじる国の意味です。

守礼門は2000円札の絵柄にもなっています。

Dscn3633

首里城は450年栄えた琉球王国の居城でしたが、1879年に明治政府による廃藩置県で消滅しています。

園比屋武御嶽石門→門の形をした礼拝所で、琉球の石造り建造物の代表的なもの。
Dscn3635

ガイドの説明をききながら、門をくぐりながらさらに歩を進めます。

Dscn3637 Dscn3639

龍樋→1523年に中国から持ち帰った龍の彫刻、この龍の口から湧出する水は王宮の飲料水として利用されたそうです。

Dscn3640

こちらの門をくぐると那覇市内を望める広場に出ました。
Dscn3641 Dscn3644_2

Dscn3642_2

いよいよ国王が政治や諸儀式を行った首里城の中枢部 "正殿" に到達。
ここで家内とツーショット、ガイドさんのお披露目です。
私たちは古来の服装衣服をまとった案内人とも一緒に撮りました。

Dscn3649 Dscn3651_2

屋根には国王のシンボルである龍の彫刻が据えられています。
右写真は当時、さまざまな儀式が行われた御庭に、整然と関係者が定位置についた様子の模型です。
正殿は中国の紫禁城をモデルに造られたともいわれています。

Dscn3652 Dscn3666

正殿内部にある大庫理→城内一の華やかな造り。国王や親族が使用した私的空間で儀式や祝宴も行われた。

Dscn3661

一通り案内が終了したので、書院・鎖之間にある伝統菓子の味わえる休憩処に入り、    ガイドさんと三人で琉球王国のお菓子、"花ぼうる" と "くんぺん" でお茶しました。

Dscn3679 Dscn3676

城壁に沿って下まで降りながらもガイドさんの説明は続きます。
最後に昼食場所もしっかりと教えてもらい、お別れした後そちらに向かいました。

Dscn3680

バス通りに出る手前にその店はありました。
ただ、店名はひらがなで書かれているのですが、方言ことばでよくわかりません。

Dscn3690 Dscn3687

沖縄滞在最後の食事になるので、2人はもちろん"島料理" としました。
私は "ごーやちゃんぷる定食" 家内は "ふーちゃんぷる定食" でした
ちょっと量が多すぎましたが、素朴で大変美味しかったです。

Dscn3685 Dscn3686

お腹パンパンで店を出ました。
帰りはモノレール(ゆいレール)を利用して市内に戻りました。

Dscn3692

帰りの飛行機は18:00なので十分まだフリータイムが残ってます。
初日の記事でふれた家内の気になったお店、即ちアグー店のデザートに添えられた一品を扱っているお店を探し探し訪ねました。

沖縄で唯一の琉球王宮菓子、きっぱん、冬瓜漬のお店で、創業135年の謝花きっぱん店です。

Dscn3697 Dscn3698

左がきっぱん(橘餅)、香りのよい柑橘類を主原料にした琉球銘菓、切り分けていただく。
右が冬瓜漬です、私には製法がよくわかりません。
二つとも琉球伝統菓子なのです。ここでしか作ってません。
家内は帰宅後大事に食べてました。

Dscn3729 Dscn3730

商店街に戻り、まだ時間あったのでカフェでマンゴージュース、マンゴーシャーベットいただく。
Dscn3699

3時過ぎにホテルで荷物引き取り、このころ雨がぽつぽつ来ていたのでタクシーにて空港に向かう。
再訪もないであろう沖縄、偶然駐機していたJALのジンベェザメ号に見送られながら那覇空港を飛び立ちました。  沖縄二泊三日の旅・・・ 完

Dscn3701

2017年8月19日 (土)

孫との一泊旅行

8月17日

上の孫は今年中学に進学、念願かない、本格的な学校のアメフト部に入部して合宿等々で大忙し。

下の孫は小四です。
頻繁に我が家にやってきては泊まっていきます。(もちろん送り迎え付です)
顔を合わせた時のいつもの第一声が "今日は何食べるの?"です。

好き嫌いの多い兄と違い家庭料理も喜んで食べてくれるし、食には大変貪欲です。
夏休みなので名古屋に "ひつまぶし"食べにいこかと誘ってみたら即座にOKでした。
親の了解もとり実行となりました。それも一泊旅行で。

ひつまぶしなら蓬莱軒ですね。
行列のできる有名店なので、開店前には確実に到着できるよう朝8時に出発。
寝坊の孫もこの日だけはしっかり起きてくれました。

新名神の土山ICに立ち寄り、これからご馳走が控えているので飲み物とサンドイッチの軽食をとる。

Dscn2768_2

お盆明けとはいえ高速も度々渋滞に合い悪戦苦闘
あつた蓬莱軒の新宮店に着いたのが開店(11:30)15分前でしたがすでに満席、12:10頃の予約時間をもらいました。

この新宮店は熱田神宮の直ぐそばにあり、時間をつぶすのには好都合です。
ひとまず本殿に参拝することにしました。

Dscn2770 

Dscn2771

この日は特に蒸し暑く、三人とも汗だくだく。
一旦車に戻り、家から用意してきた冷たいお絞りで汗をとり、しばし車の冷風で一休み。
孫には着替えさせました。

お店の前で
Dscn2786

予定時間を過ぎてさらに店内で待った後着席。

一膳目はそのままに、さっぱりと薬味で二膳、独特のだしをかけて三膳と三様の食べ方を楽しむのは知ってますが、私はがっつりと正統派でかき込みました。

Dscn2780

さすがに子供に一人前は無理なので家内とシェアすることにしてました。
私も少しはおすそわけしましたが・・・・。

Dscn2778

このあとの行動をどうするか私もいろいろ考えました。
水族館か動物園か・・・・水族館は港地区にあり後戻りとなるので動物園に決定。
最近テレビで放映された、てなが猿の "おっさんの叫び声" も期待してたのですが応えてくれず残念。
ここ東山動物園内も暑くて暑くて汗だらだらでした。

Dscn2788

Dscn2790

Dscn2810

たまらずソフトクリームで一休み
Dscn2795

カバもシロクマもこの炎天下ぐったりの様子。
Dscn2800 Dscn2791

今宵のホテルは名古屋の中心部にある名古屋観光ホテルです。
小学生まで添い寝無料の夏休みファミリープランを利用しました。
孫は家内と一緒に寝たのですが、動きに翻弄されて熟睡できなかったと言ってました。

ホテル前で
Dscn2813

ロビーで
Dscn2811

ホテルでシャワーを浴び一休みした後、夕刻から栄の繁華街へと出かけました。
屋上階に空中歩廊のある複合型のスポットを訪ねました。

Dscn2815

Dscn2817

三越の地下にある守口漬けの大和屋さんで大量に購入。
孫も気に入った一品です。

Dscn2822

夕食は栄の地下街にある店に入り食事。
私は手羽先、味噌カツ、モツ煮のなごやおつまみセットとビールをいただきました。 
家内と孫はそれぞれ自分達の好みで・・・。

Dscn2825

このあと孫の希望で口触りが大変ソフトなかき氷いただきました。
Dscn2828

8月18日

この日は朝から雨模様。
ほんとは名古屋名物のモーニングを街中の喫茶店で食べようと思ってましたがやめました。

ホテルを9時半頃出発し、予定していた彦根へと向かいました。
途中の悪天候と渋滞の中、やっと養老ICへ到着。このころには天気も回復。
孫もご機嫌の様子。

Dscn2832

愛車の前で
Dscn2834

彦根に到着。
ここでは近江の漬物と近江牛の調達、そしてクラブハリエのケーキをいただくことを予定してました。

彦根城は孫も私たちも過去に訪ねているので、せめて濠端からでも雄姿を眺めようとしたのですが、木々にさえぎられてご覧のとおり。

Dscn2836 Dscn2837

城下町の街並みを再現した中に地元ならではの商品を扱うお店が並んでます。
この中にあるのが近江つけもの"山上"さんです。
ここはいろんな種類があるので、孫にもしっかりと試食させ好きなものを選ばせました。

Dscn2841

次が近江牛の購入ですが、今回は千成亭のお店を訪ねました。
肉大好きの孫も大変興味の目でみてました。コロッケも買いました。

Dscn2843

最後はクラブハリエのカフェでケーキをいただき、今回の旅、全行程が終了。

Dscn2848 Dscn2851

大事な孫を預かりいろいろと気を使いましたが、何事もなく無事に帰宅しました。
孫はあと二日滞在します。
さすがにこの夜は、近江つけものとコロッケで簡単に夕食を済ませました。
明日はたっぷりと孫にも近江牛食べてもらいましょう。  (完)

2017年7月 9日 (日)

盛岡市内でも想い出づくり

7月6日

今日は午後帰阪するのですが最高に天気は良さそうです。
岩手県のシンボルでもある2000mの最高峰、岩手山も今朝は頭を出してくれました。

Dscn2700

ところで、昨日わんこそばの帰り道に太鼓と笛の音がどこからとなく聞こえてくるのです。
盛岡では8月1日から4日まで夏祭りの盛岡さんさ祭りがあります。

その練習をしているのだなとすぐわかりました。
銀行のビルの上階からも聞こえましたが近づけないので、盛岡城址公園方面の音を頼りに行った時の写真です。
比較的単純なリズムの繰り返しですぐにでも溶け込めそうでした。

 Dscn2687

私たちはホテルに荷物は預かってもらい近場の盛岡城址公園へと向かいました。
白い花崗岩で組まれた石垣、関東以北の石垣組の平城としては最大規模とのこと。

Dscn2702_2 Dscn2704_2

ここのお城は南部藩により築城したのですが、明治初期に構築物が解体され、跡地が盛岡城址公園となりました。別名 「不来方城」・・"こずかたじょう"とも呼ばれたそうです。

これだけ立派な石垣がありながら天守閣がないのが残念です。

Dscn2705 Dscn2707  

石川啄木の歌碑がありました。
詠まれた句が・・・・"不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし15の心"

Dscn2708

城址に寄り添うようにしてあるのが桜山神社。
鳥帽子岩の巨岩もありました。いわれは案内板で。

Dscn2713

Dscn2712 Dscn2711

次に"もりおか歴史文化館"を訪ねました。
伝統文化の紹介がされており、子供たちとの触れ合いもあって大変いい想い出が。

まずは盛岡さんさ踊りに参加? どこかにいるでしょう・・・・。

Dscn2720

次が "チャグチャグ馬コ" 初夏の風物詩として色鮮やかな装束を着けた約100頭の馬が市内を練り歩くそうです。

Dscn2725 Dscn2726

校外学習で、お祭りのビデオを観ながら学習中の子供たちの輪に家内も入り無理なお願い。
お祭り時の掛け声はどんなかやってくれる・・・それに何人かが応えてくれました・・・岩手の子は純朴で素直ですね。

Dscn2727

さらに家内はいい想い出を演出しました。
館内には秋祭りの勇壮華麗な山車が展示されています。

先生に引率された生徒たちがはっぴを着て、山車の上でボースとっていました。
これを観た家内は私も入れてと・・・・おかげで素晴らしい写真が撮れました。

Dscn2732

この近くには"背割り桜"の有名ポイントもあるのですが時間の都合でパス。
循環バスのでんでんむし号に乗って、宮沢賢治の童話、"注文の多い料理店"を発刊した光原社を訪ねました。

近くの橋の上から北上川の先に岩手山がよく望めました。
Dscn2741

宮沢賢治の銅像と
Dscn2740

光原社は、今は展示室やカフェとなっています。
Dscn2739 Dscn2735

お昼前にホテルで荷物受け取り盛岡駅へ。
駅構内で、地元で話題の一品、最後の四つ目の一品は盛岡じゃじゃ麺です。

仰々しく食べ方が書かれていますが、なんだこんなものかとがっくり。家内も同様。
私が一品に推奨したのが間違ってました。(あくまで個人的な感想ですが)

左から最初の姿、かき混ぜました、少し残った状態で生卵に茹で湯入れスープに。

Dscn2747 Dscn2748 Dscn2749

1時過ぎの空港バスでいわて花巻空港に到着。
降り立った初日の天気と違い、ほんとに好天で見送ってくれました。・・・(完)

Dscn2752

2017年7月 8日 (土)

角館訪問と"わんこそば"挑戦!!

7月4日 (続き)

雨の心配もなくなり盛岡へと向かいました。

Dscn2556

盛岡には1時間少々で到着。
県庁の所在地ですから駅も結構大きいです。
石川啄木の出身地でもあり、もりおかの文字の下には「啄木」の名も刻まれていました。

Dscn2586

ホテルの場所がよく分からなかったのでとりあえずタクシーで向かいチェックイン。
私たちが最近旅の常道としているのが、時間に余裕あれば一休みの時間を十分とること。

ということでホテル室内でしばし休憩の後、夕食場所を求めて街に出ていきました。
大きな商店街をぶらぶらしながら進んでいくと、市内を流れる北上川にたどり着きます。
ここに架かる開運橋を渡るとすぐに盛岡駅です。

Dscn2598_3

駅地下に入り見つけました。

"岩手の地ビール べアレン直営店" "英国パブスタイル"

この標題をみるとついつい入りたくなります。
中欧の旅では随分と地ビールを飲みましたが、まだその余韻が残っているのですね。

Dscn2579_3

ここは地元でヨーロッパの伝統製法によりクラシックビールを造っています。
私はドイツ式の二種のビールをいただきました。

一品として、ガーリック炒めの枝豆と牛さがりのクミン串焼きとしました。

小さな丸テーブルに狭しとビール、一品を乗せ、腰高の丸椅子にちょい掛けしてビールを飲む姿もなかなかのものです。

Dscn2569_2 

Dscn2572_2 Dscn2576_2

Dscn2571_2 Dscn2575_2

飲み終えた後、店の前で親切な若者が私達を撮ってくれました。
Dscn2581_2

駅構内の一角にはいろんなお店が出ています。
ずんだのお店にはつい足が止まります。
写真の店員さんと家内は意気投合し長々と立ち話。これも"おもてなし"と言われました。

Dscn2584_2 Dscn2583_2

ビールと一品だけではお腹が満足しないので、駅前にある店"ぴょんぴょん舎"に立ち寄りました。ここは盛岡冷麺の名店です。

焼き肉を少々と冷麺を注文。地元の話題の一品として餅料理に続き二品目ケット!!

Dscn2590_2

ホテルまではぶらぶらと歩いて帰りました。2日目終了です。

7月5日

今日は秋田の角館を訪ねます。
盛岡からは秋田新幹線があり、45分位の距離です。
天気は悪くはありません。駅の上空は青空です。

Dscn2599

午前8:48発、こまち一号にていざ出発。
Dscn2601

あっという間に角館到着。
陸橋通路では早くも歓迎ムード。
ただ駅舎はセンスが感じられず少々期待外れでした。

Dscn2604 

角館の街並みは2時間もあれば一周できます。
かっては城下町として栄え、今は年間200万人が訪れます。
武家屋敷と黒板塀が続く並木路が美しく、みちのくの小京都と呼ばれています。

メインは武家屋敷通りですから、このような案内が要所要所に設置されています。
Dscn2649

駅前から真っすぐ進み、郵便局のコーナーを右折するとやがて武家屋敷通りに入っていきます。

Dscn2608

かっての家臣の家が今も残っています。
小田野家にはいってみました。こちらは外回りだけの見学です。

Dscn2610 Dscn2609

Dscn2611 Dscn2612

左右に黒板塀が続き、両側の400本の枝垂桜を含む木々の素晴らしい緑が心を癒してくれます。

Dscn2619 

石黒家を訪ねました。
勘定役についていた由緒ある家柄だそうです。
ここは有料ですが案内してもらいました。

Dscn2635

Dscn2637
 

Dscn2630 Dscn2632

Dscn2625 Dscn2629

この写真の通りは緑のボリューム、枝の垂れ具合といい最高ですね。
桜の季節、雪の季節とどのように様変わりするのでしょうか。
そんなことを想いながら戻っていきました。

Dscn2642

Dscn2640

昼食場所はどこか、私の勧めは比内地鶏丼で有名な店(少々高い)、しかし意見合わず。
結局、観光客向きの店より地元の人が利用するお店がいいとの家内の意見取り入れ、右の源八さんへ。
私は秋田名物の稲庭うどん定食、家内は焼き魚定食。
家内は自分の選んだ定食が美味しすぎるとべた褒めでした。
私はうどんはやはり讃岐だなが素直な感想でした。

Dscn2613 Dscn2648

Dscn2645 Dscn2644

最後に駅前と駅構内で撮りました。
やはり駅前は貧弱ですね、構内には飾りがあってよかったですが。

Dscn2651_2 Dscn2653

3時過ぎに盛岡に戻りました。
ホテルに戻る途中で商店街の盛岡せんべいのお店で買い物。

Dscn2660 Dscn2659

3日目のメインイベントは三つ目の話題の一品、わんこそばに挑戦です。
お店は "東家本店" 。
6時ころ店に到着することとし、とりあえず部屋で休息をとることにしました。

定刻に東家本店に到着。
Dscn2665 Dscn2666

二階に通されました。
ちなみに15杯でもりそば一杯分とのことでした。

二人はエプロン付けて早や臨戦態勢です。
私は早くも勝利宣言の様子。

Dscn2667 Dscn2668

そばの準備が始まりました。
Dscn2669 Dscn2676

一応テーブルには鮪の刺身、なめこおろし、とりそぼろ、胡麻、ノリ、漬物などが並べられていて、戦闘中に口にしてもいいのです。
右の小桶は各自の器に汁が残ればそこに捨てます。
右写真、隙を見て撮ったものですがこの時点かなり積みあがってます(2人分です)

Dscn2671 Dscn2672

最終の結果は、私は101杯、家内は61杯、2人合計162杯でした。

積みあがった器とともに記念に撮ってもらいました。

Dscn2674

通常、食べた個数の証明書はもらえますが、100 杯以上になると特製の木の証明板がもらえます。私がもらったものです。

Dscn2692

わんこそばの感想、
事前に出された添え物に手を出す暇などない。
私はもともと数こなそうと参戦しているのでそばを味わう余裕はない。
後半になってくるとお腹に収まる前に次が入ってくるので苦労する。

でも頑張りました。
最初で最後のわんこそば体験・・・・大成功!!

お腹パンパンでお店を出てきた2人です。

Dscn2677 Dscn2678

当然のことながら食べた後は運動あるのみ、歩いて歩いてホテルに戻りました。・・・(続く)

2017年7月 7日 (金)

世界遺産の地・ 平泉&厳美渓

7月3日

梅雨入り真っただ中、岩手県を訪ねました。
東北は夏祭りの8月がいいのは分かってますが、逆にあえてこの時期にしました。

岩手花巻空港には伊丹から直行便が出ています。
ローカル空港ですから機種も小型ジェット、50人くらいの客を乗せて出発。
ゲートの案内では現地23度で雨・・・・もちろんこれも想定内。
家内は、晴れ女の私がついているから大丈夫と言うのですが・・・・?

珍しく富士山も雲上に垣間見ることができました。

Dscn2435 Dscn2436

まずは花巻空港からバスでJRの花巻空港駅に向かいます。7分位。
盛岡と平泉の中間地点にある小さな駅です。
今日は平泉へと向かいます。

Dscn2439 

平泉駅に到着です。
空模様曇天、雨も降ったりやんだり。
さすが世界遺産の地、駅前にはしっかりと毛越寺、中尊寺の案内塔が。

Dscn2478

駅前の芭蕉館で昼食です。
私は冷たい山菜おろしそばをいただきました。

 Dscn2442

駅前の案内所でパンフレットをもらい、周遊バスで毛越寺に向かいました。
案内所親切でした。私たちの小さな傘をみかねてか大きめのビニール傘貸してくれました。

毛越寺入り口に到着です。駅から5分とかかりません。
Dscn2475

毛越寺は藤原氏滅亡後、度重なる災禍で全て建物が焼失したが、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構が完全な状態で保存されています。

Dscn2473

本堂です。
平安時代に作られた薬師如来が本尊です。

Dscn2447 Dscn2450

この広場の一角に、この地を訪れた松尾芭蕉が、悲運の武将義経をしのび詠んだ
夏草や 兵どもの 夢の跡」の句碑があります。
このあと、浄土池を一周しながら当時の堂塔伽藍をしのばせる礎石等の遺構を巡ります。

毛越寺庭園
出島と池中立石、荒磯の風情を表現しており、庭園を象徴する景趣です。
かっては池を横切る橋が架けられていたそうです。

Dscn2451_2

それではその趣を感じながら・・・・記念に一枚。
Dscn2454 Dscn2457_2

茅葺屋根の常行堂・鐘楼堂・あやめ園
Dscn2462_2 Dscn2464

Dscn2469_3 Dscn2470_2

ほとんどが礎石などの遺構だけですが、この広大な敷地に当時の繁栄を想像しつつ徒歩で平泉駅に戻りました。

宿からの迎え車に乗り、駅から数分の位置にある渓谷美で有名な厳美渓へ。
今宵の宿は、温泉宿の"いつくし園"です。
標準的な夕食を済ませ、温泉に浸かって就寝。

Dscn2487

7月4日

今日は厳美渓を散策し、中尊寺へと向かいます。
曇り空ですが、雨も降ってなくて昨日よりは増しな天気となりそうです。

山間部の雨のため、水嵩も増しそれなりの流れと色になっていました。
紅葉の時期はさらに素晴らしいでしょうね。

Dscn2490 Dscn2493

ここの名物に"かっこう団子"があります。
:渓谷を挟み、小高いところにあるお店とロープを使って団子のやり取りをするのです。
テレビの旅番組でその様子が放映されているのを観たことがあります。

Dscn2492

私たちはお店の方を訪ね、団子をいただきながらその様子を観させていただきました。

Dscn2503 

一串130円と安いです。
Dscn2510 Dscn2506_2

お店の方に聞くと、今日は台湾の団体さん15人がこのパフォーマンスやるそうです。
対岸の岩の上に集まってきました。

 Dscn2508_2

お店も商売上手で、籠に台湾の旗と日の丸をつけて無事団子のやり取り完了。
このあとお店に押し寄せるとのことで、私たちも早々に退散。

Dscn2512_2

さらにしばらく付近を散策。
Dscn2498 Dscn2496

一旦宿に戻り、平泉に戻るのにバスかそれともタクシーかと迷っていたら、ご親切にも平泉駅まで送ってくれ、さらに荷物を預けた後中尊寺まで送ってくれました。
外国では多額のチップをはずむのがあたりまえ、お礼を述べて済む日本はいいですね。

ということで中尊寺に到着。
中尊寺は高僧慈覚大師円仁により開かれ、その後奥州藤原氏により大規模な堂塔造営が行われ、藤原三代がおよそ100年にわたって王朝風の華やかな文化を築いた。
藤原氏滅亡後、多くの堂塔が焼失するなか金色堂だけが当初のまま残る。
今回訪問の主目的はここなのです。

しばらくこう配のある月見坂を上っていきます。
両サイドにはスギヒノキの大木が並び、この坂の歴史を感じます。
Dscn2515

Dscn2517 Dscn2516

金色堂にたどり着くまでにも多くの重要建物があります。
弁慶堂
Dscn2520 Dscn2521

薬師堂
Dscn2522

坂道が終わるとすぐに本堂があります。
Dscn2523 Dscn2525

中尊寺の根本道場です。ご本尊は釈迦如来
Dscn2524 Dscn2527

今回の旅の前日に左目が充血してしまいました。
日曜の為病院にも行けずじまいで旅決行。

ところが参道途中にやたら目を強調している薬師堂がありました。
早速飛びつき、完治をお願いし、お守りも買いました。
おかげで特に気にすることもなく旅することができました。

 Dscn2533

お守りです。何故家内がVサインしているのかわかりません。
Dscn2535

いよいよ金色堂に到着です。
金色堂本体は今はコンクリ製の建屋の中に納まっています。

Dscn2538 Dscn2539

金色堂は1124年の造立で、現存する唯一の創建遺構です。
ご本尊は阿弥陀如来、脇侍に観音・勢至菩薩、さらに六体の地蔵菩薩と持国天・増長天が本尊を取り巻いています。

堂全体を金箔で覆い、皆金色の極楽浄土を現世に表しているとのこと。
内陣は螺鈿細工、蒔絵などが施されています。

この下には藤原四代の遺骨が眠っています。

とにかくすごいです。
もちろん写真撮影は禁止ですので、パンフレットの写真でそのすごさをご覧ください。

Dscn2757

Dscn2758_2

Dscn2760_2

その荘厳さに圧倒され建物から出てすぐに目にしたのが、
芭蕉翁句碑です。
この金色堂を観て詠んだ句が、「五月雨の 降り残してや 光堂」 

Dscn2542 Dscn2541

最後に白山神社の能舞台を観て下山。

Dscn2543 Dscn2544

岩手の一関を中心としたこの地域には餅文化があり、餅料理をメインとするお店があります。
そこで昼食は、中尊寺からも近い "夢乃風" を訪ねました。

藤原三代お餅善をいただきました。
あんこ、ずんだ、しょうが、くるみ、くろゴマ、お雑煮のお餅に口直しの大根おろしとお漬物

Dscn2552_3

Dscn2554_3 Dscn2555_3

今回の旅では、地元で評判の一品を四ついただくことにしてます。
まずは餅料理の一品ゲット!!

このあとJRにて盛岡に向かいました。・・・・・続く

2017年6月13日 (火)

中世の面影を残すプラハ

6月4日の続編

夕刻チェスキークルムロフからプラハに到着しました。
ホテルは旧市街の街歩きに便利な"マリオット"、アメリカンスタイルで部屋も広いです。

Dscn2149 Dscn2150

自室に荷物が間違いなく届けられたのを確認、ロビーに集合し夕食会場に向かいました。
今宵は「ジャルパックこだわりディナー」と銘打っておりそれなりの食事が・・・・。

レストランはホテルから近い、大変格調ある建物、市民会館一階のレストラン「フランツォウスカー・レスタウラッエ」です。
旧市街出入り口のある火薬塔の傍にあります。

Dscn2154 Dscn2167

メインディッシュは肉、魚料理からのチョイスです。
私は肉を選び、野生の鴨料理でした。

Dscn2160 Dscn2161

Dscn2159 Dscn2162

Dscn2163_2 Dscn2166

チェスキークルムロフでもそうでしたが、食事後のフリーな時間を利用して、希望者だけ
特別に街ブラを添乗員がしてくれます。
外国の夜の街歩きは通常避けていますが、これならとほとんどの方が参加します。
この時の写真は、翌日の現地案内人による街歩き記事で必要に応じて挿入します。

6月5日

朝食では外国という特別な雰囲気の中、余計なものまでつい皿に取ってしまいます。
そろそろ私もいつもの朝食スタイルに戻さなければ・・・・。
今朝の私はいたってシンプルに、家内もこの時点では皿盛りが少ないようですね。

Dscn2211 Dscn2213

朝食後、ホテル前に出て気温の体感をチェック。
プラハは先の2都市に比べて北に位置しているので25度は越えなかったと思います。

Dscn2216 Dscn2215

今日の現地案内人はプラハ在住16年、高知出身の女性の方です。
まず向かったのはヴルタヴァ川の西岸に広がる丘に建つプラハ城。

城壁で囲まれた敷地内には教会や王宮、修道院とか様々な建築物が存在しており、
これからそちらを訪ねます。
車窓からは、すでにその姿が遠目に見えてきました。

Dscn2219_2

まずストラホフ修道院を訪ねました。
今は民族文学博物館として二つの図書館があり、中世を物語る膨大な蔵書が所蔵されています。
図書室内のスタッコ細工とフレスコ画の天井が凄いです。

Dscn2231

Dscn2222 Dscn2224

プラハ城内敷地に入るには手荷物検査があります。
到着したこの入り口には例のアジア系外国人が長蛇の列。
ガイドはよく知ってます、機転を利かせてこの先にある穴場の入り口へと急ぎました。

Dscn2235 Dscn2237

さすがにベテランガイド、待ち時間も少なく入場することができました。
木陰の路に涼しさを感じながら歩くうちに聖ヴィート教会の雄姿が現れました。

Dscn2238 Dscn2242

最終、衛兵のいるこの正門をくぐって中に入ります。
青服の衛兵さんとは皆さん気軽に記念撮影してます。
ところが機関銃の兵隊さんに家内が近づきなにやらひそひそ・・・撮影させてとねだったようでOKとなりパチリ、普通は怖くてみな近づきませんよね・・・・。

Dscn2246 Dscn2247

中庭に入りました。

Dscn2249

いよいよプラハを代表する聖ヴィート教会の正面に出ましたが、ここからはそびえ立つ感じて、とりあえずこの見上げた写真しか無理ですね。そして入場。

Dscn2252 Dscn2253

Dscn2273 Dscn2270

ここのステンドグラスは数多くあり、みんな素晴らしいものでした。
これまでいろんな協会のステンドグラス観てきましたがベストスリー間違いなし。
この写真のステンドグラスにはミュシャの作品も入ってます。

Dscn2256 Dscn2258

Img_1759  Dscn2262

Dscn2275 Dscn2276

Dscn2260  Dscn2282_2

このあと旧王宮の広間、聖イジー教会と回る。
Dscn2298 Dscn2301_2

ひと回りして外に出ると、いよいよゴシック様式の荘厳な尖塔を持つ聖ヴィート教会の全貌を目の当たりにすることができました。
全貌が入るように広場の端まで下がって撮りました。

Fscn2381

ここからは、王様のお抱えの錬金術師たちがここで作業したことから、「黄金小路」と呼ばれ、土産品を売るお店が並ぶ通りを歩いてカレル橋へと向かいます。

Dscn2306 

途中休憩をとりながら、下に見える黒っぽいタワーゲートのあるカレル橋まで下りていきます。

Dscn2313 Fscn2380

プラハは100塔の街と呼ばれているとガイドに聞きましたが、この写真を観ても多くの尖塔があちこちにあるのがよくわかります。

Dscn2316

下に降りるにつれてこの混雑、みな橋に向かっているのです。
Dscn2317_2

カレル橋はヴルタヴァ川に架かる全長516m、16のアーチを持つゴシック様式の石橋です。
橋の両側には2つのタワーゲートが立ち、欄干には30体の聖人像か並んでいます。

橋の上に上がりました。
やっと高知出身の現地ガイドの姿が写りました。(ピンクのシャツ)
欄干には聖人が、後方にはプラハ城の丘が望めます。

Dscn2332 Dscn2337

聖ヤン・ネポムツキー像の台座に触ると幸運が訪れるそうで、触りすぎ金色になってます。
家内も触り、終わるとなにやら満足の様子。

Dscn2324 Dscn2326

一体だけ日本になじみの聖人がいました。
下写真の聖フランシスコザビエル像です。下で支える従者の中にサムライ風の姿が。
ついでに私も聖人として一枚。

Dscn2335 Dscn2329

橋を渡り終えました。
プラハ城の小高い丘がよく望めます。

Img_1774  Dscn2339

ちなみに昨夜橋の麓にきて撮った夜景です。
左は橋の旧市街側にあるゴシック様式のタワーゲート、右はプラハ城夜景

Dscn2195 Dscn2200_2

みなさん橋を渡り切り、旧市街の中心広場へと向かいます。

Dscn2342 Dscn2344

この中央広場の象徴はティーン聖母教会です。高さ80mの尖塔の間には金のマリア像が。
昨夜はライトアップされてました。

Dscn2348 Dscn2351

Dscn2179 Dscn2183

旧市庁舎のの天文時計では、一定時間になると窓が開いて12人の使徒が動き出すのですが待ちきれずパス。
普段は塔の上からは抜群の景色が望めるのですが、工事中で上れず残念。

Dscn2354 Dscn2358_2

今日の昼食はフリーです。
添乗員のお勧めで生パスタの店に数人が行きました。
12種類のパスタが展示されており、ここから好みのパスタを注文します。
全て手打ちです。

Dscn2371 Dscn2367_2

私たちは平たいフェストチーネ、ホウレンソウ入りのグリーンのパスタにしました。
もちろん食前酒も。

Dscn2368 Dscn2362

Dscn2359_2 Dscn2365

このあとオーガニック石鹸のボタニクスに立ち寄り数点購入。

Dscn2373 Dscn2375_2

旧市街への出入り口火薬塔を通り抜けホテルに戻りました。
ゴシック様式の塔ですが、戦いでは火薬庫として使用されていたためこの呼び名が。

Dscn2377 Dscn2378

夕食は外のレストランを予定してましたが、
ツアー仲間のご夫妻から、事前予約してたミールクーポンが都合で使用できなくなり、どうでしょうかとの打診があり買い取りました。

ということで今宵は他のミールクーポン仲間との会食となりました。

Dscn2393

私はビール二杯とシーザーサラダ、メインは鳥のキジ料理でした。

Dscn2386 Dscn2389 Dscn2387

Dscn2388 Dscn2390 Dscn2396_2

プラハでの最後の夜が終わろうとしてます。
テレビでは盛んにロンドンのテロのニュースが流れてましたが
Dscn2383_2

中欧では何ら危機感は感じられず平穏な旅が続いています。・・・・・(最終日に続く)

2017年6月11日 (日)

小さな町 チェスキークルムロフ

6月4日

今日は、"世界で一番美しい街"と言われているチェスキークルムロフを歩きます。

地図があります。
中央、ヴルタヴァ川に囲まれた中州のくびれた部分の赤丸がホテルの位置です。

Dscn2081_2

今日も天気は良さそうです。
さすがに少し北に位置するので暑さは和らぎ20度を少し超えたくらいです。
出掛ける前にホテル前のビューポイントで、朝日を浴びた街並みをバックに、
家内はホテル入り口で。

Dscn2079 Dscn2083

ホテルのロビーは、さすがに旧修道院だけあってロビーの壁にはイエス様

Dscn2084

出発までの待ち時間の間に、女性軍が女子会だと言いながら急に
賑やかになりました。
このツアーも最初から女性の方がパワーありましたからね。

Dscn2087 Dscn2089

ホテルを出て聖ビート教会を横目にだらだら坂を下っていくと、路地の向こうにチェスキーのシンボル、クルムロフ城がフッと現れるのですね。こうした景色がポイントなのです。

Dscn2024 Dscn2091_2

旧市街の街めぐりの起点になる広場に到着。
カフェ、ホテル、観光案内所などあります。
ここからクルムロフ城に向かって左右のお店を観察しながら街並みを歩きます。

Dscn2093 Dscn2131

いよいよ観えてきました。

Dscn2094

こうして歩いた先には必ず素晴らしい景色が待ってます。

Dscn2105 Dscn2099

最後に私はこのクルムロフ城の展望台上ります。
らせん階段での歩きですから、さすがに6人だけでしたが、家内もパスしました。

Dscn2096 Dscn2098

何か所かビューポイントがあり、案内ガイドがしっかりと導いてくれます。
最高の一枚はこの風景です。

Dscn2102

 Dscn2103

そして私が頑張って上ったクルムロフ城の展望台から眺めた景色です。

 Dscn2126

 Dscn2118

これでもかと写真並べましたが、これほどにコンパクトに"美しい街"として存在感があるのですから、皆さんに紹介したくなります。

もちろんそんな素晴らしい風景には人物も必要です。

Dscn2115 Dscn2112

実は、昨夜は添乗員の案内で夕暮れから夜にかけて街をぶらぶらしました。
夜にしか観れない写真撮りましたので何枚かご覧ください。

これは建物間の回廊ですが、暗さを増すとライトアップの効果でこんな素晴らしい写真に。

Dscn2031 Dscn2056_2

いいですね、芸術的ですね。

Dscn2054 Dscn2049

何といってもクルムロフ城はどこから撮っても絵になります。

Dscn2063 

Dscn2070

個人的には経験の中で一番印象に残る街だと思います。
そんな街を二度も訪ねることができたのですからほんとに幸せです。

さて街歩きも全て終了、今日の昼食場所はビール醸造所直営レストランです。
もちろんこの街にあります。

ここも女性軍は集結して完全に女子会模様、男性は片隅に・・・。

Dscn2138 Dscn2139

私は黒ビールを、途中で家内のビールが回ってきました。

Dscn2137 Dscn2140

なかなか雰囲気のあるホールでした。

Dscn2144 Dscn2134

メインは鯉料理だったとおもいますが、全て美味しかったです。

Dscn2135_2 Dscn2141_2

Dscn2143

みなさんご機嫌で出てきました。

Dscn2146 Dscn2148

これから3時間かけてプラハに向かいます。・・・・(続く)

2017年6月 9日 (金)

ウイーンに向け出発

6月1日

今日は途中寄り道しながらウイーンに向けてバス移動です。
ブダペストの朝、今日も天気良好暑くなりそうです。

見納めとなる、ホテル窓越しの朝景色、今朝も船がゆっくりとドナウを下っていきます。

Dscn1625

上階から見下ろすテラス席で最後の朝食をとりました。
Dscn1623

ホテルを朝9時出発
まずは、ブダペストから1時間弱の地にあるドナウベント地方を訪ねました。
ここはドナウ川の氾濫を避けるため丘の上に造られたセンテンドレの街です。
石畳の路地が美しい中世の街並みが観られます。

Dscn1642 Dscn1644_2

Dscn1643 Dscn1635_2  

少し賑やかな街並みに出てきました。
Dscn1648_2 Dscn1649_2

Dscn1655 Dscn1653

石畳の街歩きがどんなに足に疲労をきたすか、外国にきて特に感じます。
ひどいところは、石どうしの間隔が広過ぎてまさに石の上を歩くがごときところもあります。

Dscn1683

そこで、トイレ休憩を兼ねてカフェで一休み。(公衆の場でも有料トイレがほとんど)
私は冷たいコーヒー頼んだらこんなもの出てきました。
Dscn1650 Dscn1651

次に1時間ほど走り、古都エステルゴムにあるハンガリーカトリック総本山の大聖堂を訪ねました。
Dscn1659

敷地内の一角では聞きなれたメロディーの演奏がなされており、しばし立ち止まる。

Dscn1662 Dscn1664

大聖堂に入場、荘厳です。世界最大のキャンパス画も観られました。
Dscn1667 Dscn1672

礼拝堂とみごとなパイプオルガン
Dscn1671 Dscn1676

真剣に説明を受けた後、家内もしばしお祈り・・・。
Dscn1675 Dscn1677

大聖堂のある丘の展望所からドナウ川が大きくカーブする"ドナウの曲り角"ドナウベントを観ることができます。
橋の向こうはスロバキアです。

Dscn1678

単身参加のOさんと三人で撮りました。
Dscn1682

この後街のレストランで魚料理の昼食、食前酒はビール
メインはリゾットが土台の魚料理

Dscn1685 Dscn1684

Dscn1686 Dscn1687

ブダペストの通貨はフォリント、日本から少々持参してましたが、使用できるのはここまで。
そこでドライブインで残りをすべて消化・・・・これには後日談があって、ウイーンのホテルでシャツを洗濯したのですが、なんと胸のポケットに2000フォリント(約1000円)入ってた。
ガラスに張り付け乾かし、ブタペストから来ている運転手に進呈しました。どんなに喜んだか

 

昼食後、2時間半の距離にある、スロバキアの首都、ブラチスラバを訪ねました。
まずは市の象徴であるブラチスラバ城に、皆さん休憩しながら外観のみ。

Dscn1707 Dscn1706

お城を正面から、ここでもドナウがゆったりと流れています。
Dscn1710 Dscn1709

街中に下りてきて散策
トラムも走ってます。 中央に殿とあるのがミハイル門で、かっては城壁と四つの門で守られていたが、現存する唯一つの門です。

Dscn1714 Dscn1717

中世から街の中心となっていた中央広場にやってきました。
現在は、博物館や各国大使館、カフェなどがあります。

Dscn1727 Dscn1724

お三人は菩提樹の木の下で一休み。私にとってはこの木は曲者でした。
写真のとおり花をつけているのですが、他の地でも何度も遭遇しました。
この花粉にやられたようです。私の鼻は外国に行くたびに症状が少なからず出ます。

Dscn1734 Dscn1735

この広場には日本大使館もありました。
日の丸に菊の紋章が・・・・。
Dscn1726

途中観光も全て終了。
ここから1時間30分かけてウイーンの街へと入っていきました。
本日から2泊するのが街中心まで徒歩圏内のインターコンチネンタルホテルです。

夕食は、ホテルからすぐの公園内にあるレストランです(写真建物内)。

Dscn1739

メニューのメインはウインナーシュニッツェル・・・牛肉をたたいて薄く伸ばし、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけ揚げる。今回レモンのみで食べました。(写真絞り失敗で写りよくない)

Dscn1740 Dscn1743

Dscn1745 Dscn1747

無事ウイーンに到着し三日目終了・・・・・(続く)

ドナウの夜は幻想的

5月31日・・・続き

市内の歴史的建造物巡りも終わり、午後の3時間ほどはフリータイムでみなさん好きなように行動。
夕食は市内レストランです。
再度ホテルに集合し夕刻よりバスで出掛けました。

メニューは"グヤーシュ・スープ"の前菜と、ハンガリーの食べる国宝"マンガリッツア豚"をメインとする食事でした。

Dscn1552

右写真の大きいピーマンを輪切りしたようなもの、誰かが食べようとしたら"ノー"
これは青唐辛子で大変辛い、スープに浸すだけでした。

Dscn1546_2 Dscn1547_2

メイン料理とデザート、いずれも美味でした。
Dscn1549 Dscn1551

普通のコーヒーがよかったのにエスプレッソとは・・・
Dscn1553

無事食事も終了、今宵のメイン行事であるドナウナイトクルーズに向け出発。
クルーズ船は午後8:30から1時間の予定です。

ところがくさり橋のそばにある予定の船着き場に到着すれど船がいない。
添乗員も慌てました・・・・盛んにどこかに連絡しているのですが、どうもここではないらしい。

今いるくさり橋の先にあるマルギット橋を超えたところだというのです。
しかも両橋間は1600mあります。悪いことにバスが侵入できないのです。歩きました。
今回の仲間は皆さん大人、一切文句言わず従いました。

指示された場所に着いたがここも船いない。空も本格的に暮れてきました。
Dscn1556

この話長くなるので結論を言いますと、ここでも実は船は来ず、再度くさり橋へ引き返す。
ドナウの畔を4キロほど歩いたことになります・・・これもいい想い出ですね。

この写真は引き返すときのものです。マルギット橋も次第にライトアップが鮮明に。
Dscn1555

Dscn1558_2   

この写真は、くさり橋の船着き場に引き返し、船の到着を待つ間に撮りました。
 Dscn1571

結局、ホテルで一休みし、2時間遅れの10:30にナイトクルーズスタートです。
当然ほかのクルーズ船はいません。ドナウの流れは私たちの貸し切りとなりました。

苦労しただけあって、素晴らしい光景が私たちのために輝き続けてくれました。
それではその光景をご覧ください。

国会議事堂です
Dscn1590 

くさり橋と王宮
Dscn1580

王宮
Dscn1616

エリザベート橋
Dscn1603 

マルギット橋と自由橋
Dscn1591 Dscn1602

くさり橋とブダペストの有名な温泉施設
Dscn1615 Dscn1605

事前のトラブルを吹き飛ばすような、皆さん大満足のナイトクルーズでした。

私も今宵のためにデジカメによる夜景撮影についていろいろと研究しました。
これまで必ず失敗してましたが、今回は70点の出来でまずまずです。

明日はブダペストを出発し、ドナウベント、スロバキア経由ウイーンへ向かいます。・・・・(続く)

追伸**今回のクルーズ船トラブルに対し、申し訳ないと現地の案内人から全員にフォアグラの缶詰が配られました。

Dscn2429

2017年6月 8日 (木)

ブダペスト歴史的建造物を巡る

5月31日

ブダペストの一夜が明け、改めて眺める窓越しの景色が素晴らしい。
くさり橋を抜け、ゆったりとドナウを下る遊覧船、そして朝日に映える王宮の丘・・・来たぁ!!

Dscn1444

ホテルの朝食は6:30からできます。
二人とも早起きですから早々に朝食会場へと向かいます。
ホテルの中央部が吹き抜けになっており、会場は2階部分にあります。

Dscn1429

私自身、日頃の朝はパンとコーヒーの簡単なもの、こうして外国に来るとついつい多種類のものを皿に乗せたくなるのですがそこそこに・・・家内の口癖は朝はしっかり食べるでした。

Dscn1427

朝食の後はホテル周りを朝の散歩。すがすがしい天気です。
この日は日中30度まで上昇、ただ湿気が少ないので日本と体感が違う。
ホテル外観と入り口前で

Dscn1430 Dscn1440

ホテルのすぐ前にはトラムの停留所があります
右写真背景の建物は王宮で、後に訪ねます。

Dscn1436 Dscn1438

ブダペストはドナウ川を挟んで、王宮など歴史的建造が並ぶ丘や高級住宅のあるブダ地区と、庶民の街として栄えたペスト地区から成り立っています。

今日はこれらの名所をバスと徒歩で巡ります。
最初に向かったのが、聖イシュトヴァーン大聖堂です。
道路を渡り、聖堂の背部を観ながら正面へ。

Dscn1449 Dscn1446

ハンガリー建国1000年を記念して約50年の歳月をかけて造られたネオルネサンス様式の教会。正面に回りこみ説明を受ける。

Dscn1452 Dscn1454_2

内部です。教会はどこもフラッシュ使用しなければ撮影可です。
Dscn1460 Dscn1457

ステンドグラスも美しい。
Dscn1465 Dscn1466 Dscn1458   

「聖なる右手」と呼ばれる、初代国王イシュトヴァーンの右手のミイラも安置されている。

Dscn1463

このあとくさり橋を渡り、国会議事堂を横目に観ながら王宮の丘へと向かいます。

Dscn1467 Dscn1519

麓でバスを降り、徒歩にて階段を上っていきます。

Dscn1469 Dscn1473

日頃からジムで鍛えている二人にはノープロブレム!!!
日傘利用は日本人だけ・・・とりわけ家内は常用者

Dscn1471  Dscn1472

上まで上り詰めると、聖イシュトヴァーンの騎士像がりりしく立つ広場へ出る。

Dscn1485

まずは歴代のハンガリー国王の戴冠式が行われたゴシック様式のマーチャーシュ教会へ。
ダイヤモンド模様の屋根瓦に特調があります。

Dscn1476 Dscn1484

教会内部に入ります。
Dscn1492 Dscn1486_2  

主祭壇のマリアさまとステンドグラス
Dscn1494_2 Dscn1487

教会は、日本で全く縁のない私ですが、どこの教会に入ってもその荘厳さにいつも凛とさせられます。

一旦外に出て"漁夫の砦"に上がります。マジャル人部族の大小7っの塔があり、その名の由来には諸説あるようです。観光人としてはここからのペスト地区の眺めが最高です。
広場に振り向けば、イシュトヴァーン像と教会の位置関係がよくわかります。

Dscn1509 Dscn1511_2

目をペスト地区に向けると、くさり橋の向こうに黒い建物がありますが、左が私たちのホテルソフィテル、右は天下のコンチネンタルホテルです・・・・立地的に負けてない!!
私たちははるか先にある国会議事堂をバックに撮ってもらいました。

Dscn1502 Dscn1508

次に向かったのが王宮
13世紀に創建され隆盛を極めた時期もあったが、トルコ軍の侵攻、その後の大戦や火災など激動の歴史を刻んできた。現在、国立美術館、博物館、図書館として公開されている。

Dscn1514_2

衛兵さんにご挨拶。
家内は単身参加のOさんとなにやら関係ないお話を・・・。

Dscn1526 Dscn1521_2  

このあと麓まで徒歩にて下りますが、ここからは角度の違うペスト地区の眺めが望めます。
右写真のようにケーブルで上ることもできます。

Dscn1517_2 Dscn1523

麓からは再びバスに乗り、英雄広場を訪ね後昼食会場に向かいます。

英雄広場とは、1896年に建設されたブダペスト最大の広場。
中央には35mの高さに大天使ガブリエルをいただき、7人の騎士像が記念碑を囲んでいる。

Dscn1531_3  Dscn1530

昼食会場は広場のすぐ近くにありました。
老舗レストラン「グンデル」でのハンガリー料理をいただきました。

Dscn1532 Dscn1538

私はもちろん食前酒はビールを

Dscn1536

スープ、デザートとも美味でしたが、メインは鳥が主体の料理で、味が薄めで個人的には・・・。

Dscn1534 Dscn1535

Dscn1537

食事後、レストランのスタッフと並んで写真撮りました。
Dscn1539

昼食の後はホテルに戻り3時間ほどフリータイムがあり皆さん街中を散策。

夜はチャーター船にてドナウ川クルーズです。
ホテルで夕食のあと出発します・・・・・(続く)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー