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2017年6月

2017年6月13日 (火)

プラハ出国

6月7日

今日は往路の逆で、プラハからヘルシンキに飛びJAL便に乗り換えて帰国します。
最後まで天気に恵まれ、ツアーの仲間19人、皆さん旅慣れた方ばかりで和気あいあいと愉しく過ごすことができました。

中欧にはもう来ることはないと思います。
空港へ向かうバスの車窓からはモルダウ川、その先にはプラハ城の丘が私たちを見送ってくれました。
ここでチェコが生んだ作曲家スメタナの我が祖国から"モルダウ"の静かな名曲が車内に流れたら涙ポロリだったでしょうね。

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空港に到着しました。
荷物の重量オーバーもなく、手荷物検査も最近は何が要注意かみな理解しているのでスムースに全員パス。(たまに仲間の誰かが引っ掛かって待たされることありますが)

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フィンランド航空で飛び立ちました。
ヘルシンキまで約2時間のフライト、サービスはジュースのみ、他は有料。

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ヘルシンキ空港ではかなり待ち時間があったので、ラウンジが使用できました。
ただ、リラックス席は全て満席で、テーブル席しか空いてませんでした。
飲食無料なので、私はワインの赤・白でしばしくつろぎました。

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出発は17:20発 成田行きです。
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ヘルシンキ線は開設間もないせいか搭乗機まではバス移動。
北欧の空港を日本に向け飛び立ちました。

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機内最後の食事です。
今回の旅行中では、珍しく一切日本食や中華物は食べませんでした。
カップ麺などの持ち込みもしませんでした。
それだけに紙コップに入ったみそ汁が出てきてほっとしました。

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成田には朝8時過ぎに到着。
成田→伊丹の直行便は夕方しかありません。
そこまで待てないので、羽田にバス移動して早い便で無事帰阪しました。

これにて7泊9日の麗しの中欧の旅・・・完結(*^-^)

ここから余談です。
留守中の枇杷の状況が心配でしたが、案の定毎日鳥がやってきて食べまくり。
その食べかすが道路に散乱し、近所の人がかたずけてくれたそうです。
事前に枇杷お配りしててよかったです。

そこで、届かないところにいくら鈴なりになっても仕方がない、鳥がたべるだけ。
日当たりも良くないことから、この際ばっさりと選定してもらいました。
写真は使用前と使用後です。枇杷は生命力強いのですぐ蘇るでしょう。

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中世の面影を残すプラハ

6月4日の続編

夕刻チェスキークルムロフからプラハに到着しました。
ホテルは旧市街の街歩きに便利な"マリオット"、アメリカンスタイルで部屋も広いです。

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自室に荷物が間違いなく届けられたのを確認、ロビーに集合し夕食会場に向かいました。
今宵は「ジャルパックこだわりディナー」と銘打っておりそれなりの食事が・・・・。

レストランはホテルから近い、大変格調ある建物、市民会館一階のレストラン「フランツォウスカー・レスタウラッエ」です。
旧市街出入り口のある火薬塔の傍にあります。

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メインディッシュは肉、魚料理からのチョイスです。
私は肉を選び、野生の鴨料理でした。

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チェスキークルムロフでもそうでしたが、食事後のフリーな時間を利用して、希望者だけ
特別に街ブラを添乗員がしてくれます。
外国の夜の街歩きは通常避けていますが、これならとほとんどの方が参加します。
この時の写真は、翌日の現地案内人による街歩き記事で必要に応じて挿入します。

6月5日

朝食では外国という特別な雰囲気の中、余計なものまでつい皿に取ってしまいます。
そろそろ私もいつもの朝食スタイルに戻さなければ・・・・。
今朝の私はいたってシンプルに、家内もこの時点では皿盛りが少ないようですね。

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朝食後、ホテル前に出て気温の体感をチェック。
プラハは先の2都市に比べて北に位置しているので25度は越えなかったと思います。

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今日の現地案内人はプラハ在住16年、高知出身の女性の方です。
まず向かったのはヴルタヴァ川の西岸に広がる丘に建つプラハ城。

城壁で囲まれた敷地内には教会や王宮、修道院とか様々な建築物が存在しており、
これからそちらを訪ねます。
車窓からは、すでにその姿が遠目に見えてきました。

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まずストラホフ修道院を訪ねました。
今は民族文学博物館として二つの図書館があり、中世を物語る膨大な蔵書が所蔵されています。
図書室内のスタッコ細工とフレスコ画の天井が凄いです。

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プラハ城内敷地に入るには手荷物検査があります。
到着したこの入り口には例のアジア系外国人が長蛇の列。
ガイドはよく知ってます、機転を利かせてこの先にある穴場の入り口へと急ぎました。

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さすがにベテランガイド、待ち時間も少なく入場することができました。
木陰の路に涼しさを感じながら歩くうちに聖ヴィート教会の雄姿が現れました。

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最終、衛兵のいるこの正門をくぐって中に入ります。
青服の衛兵さんとは皆さん気軽に記念撮影してます。
ところが機関銃の兵隊さんに家内が近づきなにやらひそひそ・・・撮影させてとねだったようでOKとなりパチリ、普通は怖くてみな近づきませんよね・・・・。

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中庭に入りました。

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いよいよプラハを代表する聖ヴィート教会の正面に出ましたが、ここからはそびえ立つ感じて、とりあえずこの見上げた写真しか無理ですね。そして入場。

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ここのステンドグラスは数多くあり、みんな素晴らしいものでした。
これまでいろんな協会のステンドグラス観てきましたがベストスリー間違いなし。
この写真のステンドグラスにはミュシャの作品も入ってます。

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このあと旧王宮の広間、聖イジー教会と回る。
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ひと回りして外に出ると、いよいよゴシック様式の荘厳な尖塔を持つ聖ヴィート教会の全貌を目の当たりにすることができました。
全貌が入るように広場の端まで下がって撮りました。

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ここからは、王様のお抱えの錬金術師たちがここで作業したことから、「黄金小路」と呼ばれ、土産品を売るお店が並ぶ通りを歩いてカレル橋へと向かいます。

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途中休憩をとりながら、下に見える黒っぽいタワーゲートのあるカレル橋まで下りていきます。

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プラハは100塔の街と呼ばれているとガイドに聞きましたが、この写真を観ても多くの尖塔があちこちにあるのがよくわかります。

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下に降りるにつれてこの混雑、みな橋に向かっているのです。
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カレル橋はヴルタヴァ川に架かる全長516m、16のアーチを持つゴシック様式の石橋です。
橋の両側には2つのタワーゲートが立ち、欄干には30体の聖人像か並んでいます。

橋の上に上がりました。
やっと高知出身の現地ガイドの姿が写りました。(ピンクのシャツ)
欄干には聖人が、後方にはプラハ城の丘が望めます。

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聖ヤン・ネポムツキー像の台座に触ると幸運が訪れるそうで、触りすぎ金色になってます。
家内も触り、終わるとなにやら満足の様子。

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一体だけ日本になじみの聖人がいました。
下写真の聖フランシスコザビエル像です。下で支える従者の中にサムライ風の姿が。
ついでに私も聖人として一枚。

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橋を渡り終えました。
プラハ城の小高い丘がよく望めます。

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ちなみに昨夜橋の麓にきて撮った夜景です。
左は橋の旧市街側にあるゴシック様式のタワーゲート、右はプラハ城夜景

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みなさん橋を渡り切り、旧市街の中心広場へと向かいます。

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この中央広場の象徴はティーン聖母教会です。高さ80mの尖塔の間には金のマリア像が。
昨夜はライトアップされてました。

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旧市庁舎のの天文時計では、一定時間になると窓が開いて12人の使徒が動き出すのですが待ちきれずパス。
普段は塔の上からは抜群の景色が望めるのですが、工事中で上れず残念。

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今日の昼食はフリーです。
添乗員のお勧めで生パスタの店に数人が行きました。
12種類のパスタが展示されており、ここから好みのパスタを注文します。
全て手打ちです。

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私たちは平たいフェストチーネ、ホウレンソウ入りのグリーンのパスタにしました。
もちろん食前酒も。

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このあとオーガニック石鹸のボタニクスに立ち寄り数点購入。

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旧市街への出入り口火薬塔を通り抜けホテルに戻りました。
ゴシック様式の塔ですが、戦いでは火薬庫として使用されていたためこの呼び名が。

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夕食は外のレストランを予定してましたが、
ツアー仲間のご夫妻から、事前予約してたミールクーポンが都合で使用できなくなり、どうでしょうかとの打診があり買い取りました。

ということで今宵は他のミールクーポン仲間との会食となりました。

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私はビール二杯とシーザーサラダ、メインは鳥のキジ料理でした。

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プラハでの最後の夜が終わろうとしてます。
テレビでは盛んにロンドンのテロのニュースが流れてましたが
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中欧では何ら危機感は感じられず平穏な旅が続いています。・・・・・(最終日に続く)

2017年6月11日 (日)

小さな町 チェスキークルムロフ

6月4日

今日は、"世界で一番美しい街"と言われているチェスキークルムロフを歩きます。

地図があります。
中央、ヴルタヴァ川に囲まれた中州のくびれた部分の赤丸がホテルの位置です。

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今日も天気は良さそうです。
さすがに少し北に位置するので暑さは和らぎ20度を少し超えたくらいです。
出掛ける前にホテル前のビューポイントで、朝日を浴びた街並みをバックに、
家内はホテル入り口で。

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ホテルのロビーは、さすがに旧修道院だけあってロビーの壁にはイエス様

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出発までの待ち時間の間に、女性軍が女子会だと言いながら急に
賑やかになりました。
このツアーも最初から女性の方がパワーありましたからね。

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ホテルを出て聖ビート教会を横目にだらだら坂を下っていくと、路地の向こうにチェスキーのシンボル、クルムロフ城がフッと現れるのですね。こうした景色がポイントなのです。

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旧市街の街めぐりの起点になる広場に到着。
カフェ、ホテル、観光案内所などあります。
ここからクルムロフ城に向かって左右のお店を観察しながら街並みを歩きます。

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いよいよ観えてきました。

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こうして歩いた先には必ず素晴らしい景色が待ってます。

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最後に私はこのクルムロフ城の展望台上ります。
らせん階段での歩きですから、さすがに6人だけでしたが、家内もパスしました。

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何か所かビューポイントがあり、案内ガイドがしっかりと導いてくれます。
最高の一枚はこの風景です。

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そして私が頑張って上ったクルムロフ城の展望台から眺めた景色です。

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これでもかと写真並べましたが、これほどにコンパクトに"美しい街"として存在感があるのですから、皆さんに紹介したくなります。

もちろんそんな素晴らしい風景には人物も必要です。

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実は、昨夜は添乗員の案内で夕暮れから夜にかけて街をぶらぶらしました。
夜にしか観れない写真撮りましたので何枚かご覧ください。

これは建物間の回廊ですが、暗さを増すとライトアップの効果でこんな素晴らしい写真に。

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いいですね、芸術的ですね。

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何といってもクルムロフ城はどこから撮っても絵になります。

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個人的には経験の中で一番印象に残る街だと思います。
そんな街を二度も訪ねることができたのですからほんとに幸せです。

さて街歩きも全て終了、今日の昼食場所はビール醸造所直営レストランです。
もちろんこの街にあります。

ここも女性軍は集結して完全に女子会模様、男性は片隅に・・・。

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私は黒ビールを、途中で家内のビールが回ってきました。

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なかなか雰囲気のあるホールでした。

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メインは鯉料理だったとおもいますが、全て美味しかったです。

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みなさんご機嫌で出てきました。

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これから3時間かけてプラハに向かいます。・・・・(続く)

2017年6月10日 (土)

クリムトのベルヴェデーレ宮殿

6月3日

今日は午前中にベルヴェデーレ宮殿を訪ね、その後昼食を済ませて世界文化遺産のチェスキークルムロフに向かいます。

昨日まで四日間好天気が続きました。
窓越しに観る朝の空模様から今日も天気良好間違いなし。

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ベルヴェデーレ宮殿は市中心からそんなに遠くありません。
朝食を済ませチェックアウトしてからバスで向かいます。

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広大な庭園を持つ宮殿に到着しました。

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建物正面に回ると、庭園の先には市中心部のシュテファン寺院の塔がくっきり望めます。

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宮殿内に入りました。
天井のフレスコ画も素晴らしい

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ここは多くのクリムト作品を収蔵してます。
今回は、クリムトの最高傑作 「接吻」 を観るために来たようなものです。
じっくり観ました。
しかも普段は許されてない写真撮影がOKだったのです。 ラッキー!!

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この 「ユディット」 も代表作の一つです。

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クリムト作品以外でも素晴らしい作品が多くあります。
この作品「ナポレオン」も有名です。 ルーブルにもありますね。

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絵画鑑賞後は市内に戻り徒歩で昼食場所に向かいます。
途中公園内のヨハンシュトラウス像で。

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公園の中でも見つけました。天敵菩提樹の花 "オーこわっ"
信号を待つ家内他四名・・・信号の短いこと、十秒と待たない
それと自転車が怖い!! 歩道に自転車道マークがあるのですが、うっかり見落とすと危険。

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昼食は初めてカフェの外のテーブルでいただきました。
感想は肉硬かった、デザート濃かった、ビール美味しかった!!

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いよいよウイーンの街ともお別れです、車窓の景色を脳裏に残しながら目的地まで4時間の走行です。
今回のツアーは19名なので一人2席使用で楽でした。 

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途中の景色を楽しみながら、あるいは家内のように・・・・。

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途中のトイレ休憩のドライブインで、さすが外国と思わせるようなけばけばしい・・・・。

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チェスキークルムロフに到着しました。
チェコの南部にある小さな街で、世界文化遺産に登録されており、屋根のオレンジ色と緑が美しく調和した街並みです。
ブルタワ川に抱かれた街で、ルネサンス様式の建築が多く残されています。

ホテルは「ルーゼ」 昔の修道院をホテルにしたものです。
丁度ホテルの前にはブルタワ川を挟んだ高台の展望所があります。
夕刻と云えどもまだ明るいです。

チェックイン前にその広場で写真撮り、同時にホテル入り口で。

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部屋に入りました。
元修道院らしく、ベッドも小さく、床は板張りで、決して広くはないのですがなんとなく趣が。

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ホテルの裏にはテラスがあり、添乗員が記念撮影してくれるというので行く。
プロのカメラマン気取りで、はいこっち、はい座って・・・採用は3枚ですね。
眼下のブルタワ川ではカヌーが

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夕食は"ます料理"がメインです。食前酒はビール、ホテルでいただきました。

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チェスキーは一泊だけです。
本格的な街歩きは明日ですが、食事後希望者のみぶらぶらと夕暮れの街に出てみるとのことで、その様子と明日の街歩きは・・・・・(続くで)

ウイーン半日観光とフリータイム

6月2日

昨日今日と宿泊するインターコンチネンタルホテル
リンク通りにほど近く、街中心部まで10分くらいの徒歩圏内にあります。
すぐ前はシュタットパーク駅が。

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ホテルエントランスと内部空間
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朝食時、希望者にはオムレツを焼いてくれます。
家内はもちろんオムレツを抱えてテーブルへ、私はいつものようにごく普通のパターン。
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今日の半日観光コースには現地の日本人女性(黒柳徹子なみの早口解説)が付き、
バスで市内まで移動したのち、旧市街を横断しながら、狭い石畳の路地裏を歩いたり、
中心を貫く歩行者天国のケルントナー通りを歩きます。

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ここはウインナーシュニッツェルの人気店のようです。

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今回は皆さん旅慣れた方が多いせいか、団体行動でも迷惑かける人はだれ一人いませんでした。

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ウイーンのシンボル、シュテファン寺院に到着
ゴシック様式の大聖堂で、四つの塔をもち、最も高いのが136m

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屋根にはオーストリア・ハンガリー帝国の双頭の鷹、紋章が描かれている。
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自由時間を利用して中に入ってみました。
数年前、このホールでサラブライトンが朗々と歌っているのをテレビで観たことがあります。

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旧市街のぶらぶら散策も終了し、バスにてシェーンブルン宮殿に移動。
直ぐに宮殿に歩を進めました。

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今回はグランドツアーであり、公開40室を優先的に見学できます。
入場時間に少し間があったので、宮殿裏手にある幾何学的にデザインされた美しい
庭園を観に行きました。

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いよいよ宮殿入場。
宮殿内には女帝マリアテレジア、皇妃エリザベート、皇帝フランツヨーゼフが暮らした部屋や、舞踏会や晩餐会が催されたクリスタル製の大鏡、金箔わ施した漆喰装飾大ギャラリーなど、素晴らしいものが多々あれど残念ながら撮影禁止でご覧いただけません。

案内人の名調子に乗って全ての部屋を観終わり、表に出て撮りました。

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宮殿をあとに市内に戻りました。
スーベニアショップに案内されましたが、基本的に買う気もなかったので7人
で、王室御用達の伝統と格式のあるカフェ・ゲルストナーでお茶することにしました。
これから先は終日フリータイムなのです。

ケーキのショーケースで好みを見定め、2階の席でコーヒーブレイクとなりました。
日本と違い味が濃いてすね。

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この中で五人は美術史美術館に行くとというのでオペラ座を横目に、リンク通りを徒歩で向かいました。

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途中、モーツアルトの像があり皆で記念に撮りました。

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美術史美術館に到着、広場には女帝マリアテレジアの像があります。
全員シニア料金で入場。

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この美術館は、ハプスブルグ家が何世紀にもわたり収集した美術の収納のため、フランツヨーゼフ皇帝により建てられました。

美術館の広大な階段ホールを飾る一連の絵画制作にはクリムトも関わりました。
建築の至宝は、最高級の建材と多彩な大理石、そして化粧漆喰細工で飾られた丸天井ホールです。

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丸いアーチの肩部分に施された壁画がクリムトの作です。拡大して観てください。

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ブリューゲルの「バブルの塔」とラファエロの「草原の聖母」

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フェルメールの「絵画芸術」を鑑賞する家内と
私はルーベンスの「毛皮をまとった妻」と「自画像」の前で

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ブリューゲルの「雪中の狩人」とアルチンボルトの「夏」

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ベラスケスの「マルガリータ王女」と「フェルププロスペス王子」

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マリアテレジアとフランツヨーゼフ皇帝

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単身参加のOさんと

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これまでに何かで観たことある作品、興味ある作品を中心に鑑賞しました。
入口入っての階段フロアの造りはすごかったですね。

美術館の外に出て撮りました。
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このあとは、リンク通りを横断し、王宮広場をぶらぶらと横切る。
賑やか通りに入り、スイーツカフェの「デメル」覗くが珍しくパスして高級スーパーへ。
少々の土産品を買ってホテルに戻った。

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夕食は、いろいろと悩んだ挙句、家内の意見をとりいれ、ホテルから10分弱で行けるカフェを訪ねました。店の名前は「シュバルツェンベルク」、室内はシックな雰囲気でした。

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飲み物はビールとワイン白・赤
私は二度目のシュニッテルに挑戦です。家内はチキンのサラダ

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デザートです
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ウイーンでの最後の夜ですが、まだ外が暮れきれない中ホテルに戻りました。
明日は午前中、クリムトのコレクションで知られるベルヴェデール宮殿のオーストリアギャラリーほ訪ねた後、チェスキークルムロフに向かいます・・・・・(続く)

 

2017年6月 9日 (金)

ウイーンに向け出発

6月1日

今日は途中寄り道しながらウイーンに向けてバス移動です。
ブダペストの朝、今日も天気良好暑くなりそうです。

見納めとなる、ホテル窓越しの朝景色、今朝も船がゆっくりとドナウを下っていきます。

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上階から見下ろすテラス席で最後の朝食をとりました。
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ホテルを朝9時出発
まずは、ブダペストから1時間弱の地にあるドナウベント地方を訪ねました。
ここはドナウ川の氾濫を避けるため丘の上に造られたセンテンドレの街です。
石畳の路地が美しい中世の街並みが観られます。

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少し賑やかな街並みに出てきました。
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石畳の街歩きがどんなに足に疲労をきたすか、外国にきて特に感じます。
ひどいところは、石どうしの間隔が広過ぎてまさに石の上を歩くがごときところもあります。

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そこで、トイレ休憩を兼ねてカフェで一休み。(公衆の場でも有料トイレがほとんど)
私は冷たいコーヒー頼んだらこんなもの出てきました。
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次に1時間ほど走り、古都エステルゴムにあるハンガリーカトリック総本山の大聖堂を訪ねました。
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敷地内の一角では聞きなれたメロディーの演奏がなされており、しばし立ち止まる。

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大聖堂に入場、荘厳です。世界最大のキャンパス画も観られました。
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礼拝堂とみごとなパイプオルガン
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真剣に説明を受けた後、家内もしばしお祈り・・・。
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大聖堂のある丘の展望所からドナウ川が大きくカーブする"ドナウの曲り角"ドナウベントを観ることができます。
橋の向こうはスロバキアです。

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単身参加のOさんと三人で撮りました。
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この後街のレストランで魚料理の昼食、食前酒はビール
メインはリゾットが土台の魚料理

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ブダペストの通貨はフォリント、日本から少々持参してましたが、使用できるのはここまで。
そこでドライブインで残りをすべて消化・・・・これには後日談があって、ウイーンのホテルでシャツを洗濯したのですが、なんと胸のポケットに2000フォリント(約1000円)入ってた。
ガラスに張り付け乾かし、ブタペストから来ている運転手に進呈しました。どんなに喜んだか

 

昼食後、2時間半の距離にある、スロバキアの首都、ブラチスラバを訪ねました。
まずは市の象徴であるブラチスラバ城に、皆さん休憩しながら外観のみ。

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お城を正面から、ここでもドナウがゆったりと流れています。
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街中に下りてきて散策
トラムも走ってます。 中央に殿とあるのがミハイル門で、かっては城壁と四つの門で守られていたが、現存する唯一つの門です。

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中世から街の中心となっていた中央広場にやってきました。
現在は、博物館や各国大使館、カフェなどがあります。

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お三人は菩提樹の木の下で一休み。私にとってはこの木は曲者でした。
写真のとおり花をつけているのですが、他の地でも何度も遭遇しました。
この花粉にやられたようです。私の鼻は外国に行くたびに症状が少なからず出ます。

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この広場には日本大使館もありました。
日の丸に菊の紋章が・・・・。
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途中観光も全て終了。
ここから1時間30分かけてウイーンの街へと入っていきました。
本日から2泊するのが街中心まで徒歩圏内のインターコンチネンタルホテルです。

夕食は、ホテルからすぐの公園内にあるレストランです(写真建物内)。

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メニューのメインはウインナーシュニッツェル・・・牛肉をたたいて薄く伸ばし、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけ揚げる。今回レモンのみで食べました。(写真絞り失敗で写りよくない)

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無事ウイーンに到着し三日目終了・・・・・(続く)

ドナウの夜は幻想的

5月31日・・・続き

市内の歴史的建造物巡りも終わり、午後の3時間ほどはフリータイムでみなさん好きなように行動。
夕食は市内レストランです。
再度ホテルに集合し夕刻よりバスで出掛けました。

メニューは"グヤーシュ・スープ"の前菜と、ハンガリーの食べる国宝"マンガリッツア豚"をメインとする食事でした。

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右写真の大きいピーマンを輪切りしたようなもの、誰かが食べようとしたら"ノー"
これは青唐辛子で大変辛い、スープに浸すだけでした。

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メイン料理とデザート、いずれも美味でした。
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普通のコーヒーがよかったのにエスプレッソとは・・・
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無事食事も終了、今宵のメイン行事であるドナウナイトクルーズに向け出発。
クルーズ船は午後8:30から1時間の予定です。

ところがくさり橋のそばにある予定の船着き場に到着すれど船がいない。
添乗員も慌てました・・・・盛んにどこかに連絡しているのですが、どうもここではないらしい。

今いるくさり橋の先にあるマルギット橋を超えたところだというのです。
しかも両橋間は1600mあります。悪いことにバスが侵入できないのです。歩きました。
今回の仲間は皆さん大人、一切文句言わず従いました。

指示された場所に着いたがここも船いない。空も本格的に暮れてきました。
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この話長くなるので結論を言いますと、ここでも実は船は来ず、再度くさり橋へ引き返す。
ドナウの畔を4キロほど歩いたことになります・・・これもいい想い出ですね。

この写真は引き返すときのものです。マルギット橋も次第にライトアップが鮮明に。
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この写真は、くさり橋の船着き場に引き返し、船の到着を待つ間に撮りました。
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結局、ホテルで一休みし、2時間遅れの10:30にナイトクルーズスタートです。
当然ほかのクルーズ船はいません。ドナウの流れは私たちの貸し切りとなりました。

苦労しただけあって、素晴らしい光景が私たちのために輝き続けてくれました。
それではその光景をご覧ください。

国会議事堂です
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くさり橋と王宮
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王宮
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エリザベート橋
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マルギット橋と自由橋
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くさり橋とブダペストの有名な温泉施設
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事前のトラブルを吹き飛ばすような、皆さん大満足のナイトクルーズでした。

私も今宵のためにデジカメによる夜景撮影についていろいろと研究しました。
これまで必ず失敗してましたが、今回は70点の出来でまずまずです。

明日はブダペストを出発し、ドナウベント、スロバキア経由ウイーンへ向かいます。・・・・(続く)

追伸**今回のクルーズ船トラブルに対し、申し訳ないと現地の案内人から全員にフォアグラの缶詰が配られました。

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2017年6月 8日 (木)

ブダペスト歴史的建造物を巡る

5月31日

ブダペストの一夜が明け、改めて眺める窓越しの景色が素晴らしい。
くさり橋を抜け、ゆったりとドナウを下る遊覧船、そして朝日に映える王宮の丘・・・来たぁ!!

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ホテルの朝食は6:30からできます。
二人とも早起きですから早々に朝食会場へと向かいます。
ホテルの中央部が吹き抜けになっており、会場は2階部分にあります。

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私自身、日頃の朝はパンとコーヒーの簡単なもの、こうして外国に来るとついつい多種類のものを皿に乗せたくなるのですがそこそこに・・・家内の口癖は朝はしっかり食べるでした。

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朝食の後はホテル周りを朝の散歩。すがすがしい天気です。
この日は日中30度まで上昇、ただ湿気が少ないので日本と体感が違う。
ホテル外観と入り口前で

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ホテルのすぐ前にはトラムの停留所があります
右写真背景の建物は王宮で、後に訪ねます。

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ブダペストはドナウ川を挟んで、王宮など歴史的建造が並ぶ丘や高級住宅のあるブダ地区と、庶民の街として栄えたペスト地区から成り立っています。

今日はこれらの名所をバスと徒歩で巡ります。
最初に向かったのが、聖イシュトヴァーン大聖堂です。
道路を渡り、聖堂の背部を観ながら正面へ。

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ハンガリー建国1000年を記念して約50年の歳月をかけて造られたネオルネサンス様式の教会。正面に回りこみ説明を受ける。

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内部です。教会はどこもフラッシュ使用しなければ撮影可です。
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ステンドグラスも美しい。
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「聖なる右手」と呼ばれる、初代国王イシュトヴァーンの右手のミイラも安置されている。

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このあとくさり橋を渡り、国会議事堂を横目に観ながら王宮の丘へと向かいます。

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麓でバスを降り、徒歩にて階段を上っていきます。

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日頃からジムで鍛えている二人にはノープロブレム!!!
日傘利用は日本人だけ・・・とりわけ家内は常用者

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上まで上り詰めると、聖イシュトヴァーンの騎士像がりりしく立つ広場へ出る。

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まずは歴代のハンガリー国王の戴冠式が行われたゴシック様式のマーチャーシュ教会へ。
ダイヤモンド模様の屋根瓦に特調があります。

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教会内部に入ります。
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主祭壇のマリアさまとステンドグラス
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教会は、日本で全く縁のない私ですが、どこの教会に入ってもその荘厳さにいつも凛とさせられます。

一旦外に出て"漁夫の砦"に上がります。マジャル人部族の大小7っの塔があり、その名の由来には諸説あるようです。観光人としてはここからのペスト地区の眺めが最高です。
広場に振り向けば、イシュトヴァーン像と教会の位置関係がよくわかります。

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目をペスト地区に向けると、くさり橋の向こうに黒い建物がありますが、左が私たちのホテルソフィテル、右は天下のコンチネンタルホテルです・・・・立地的に負けてない!!
私たちははるか先にある国会議事堂をバックに撮ってもらいました。

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次に向かったのが王宮
13世紀に創建され隆盛を極めた時期もあったが、トルコ軍の侵攻、その後の大戦や火災など激動の歴史を刻んできた。現在、国立美術館、博物館、図書館として公開されている。

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衛兵さんにご挨拶。
家内は単身参加のOさんとなにやら関係ないお話を・・・。

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このあと麓まで徒歩にて下りますが、ここからは角度の違うペスト地区の眺めが望めます。
右写真のようにケーブルで上ることもできます。

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麓からは再びバスに乗り、英雄広場を訪ね後昼食会場に向かいます。

英雄広場とは、1896年に建設されたブダペスト最大の広場。
中央には35mの高さに大天使ガブリエルをいただき、7人の騎士像が記念碑を囲んでいる。

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昼食会場は広場のすぐ近くにありました。
老舗レストラン「グンデル」でのハンガリー料理をいただきました。

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私はもちろん食前酒はビールを

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スープ、デザートとも美味でしたが、メインは鳥が主体の料理で、味が薄めで個人的には・・・。

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食事後、レストランのスタッフと並んで写真撮りました。
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昼食の後はホテルに戻り3時間ほどフリータイムがあり皆さん街中を散策。

夜はチャーター船にてドナウ川クルーズです。
ホテルで夕食のあと出発します・・・・・(続く)

2017年6月 7日 (水)

中欧の魅力の街を訪ねる

5月30日

我が家ではまさに枇杷の実が色づき、収穫のピーク間近。
旅行の日程と重なるため、いくらか早めに収穫し知り合いにお裾分けしましたが
枇杷担当の家内が留守中の鳥害を心配する中での旅立ちとなりました。

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今回のコースは7年前にも訪ねており、JALパック(成田発)利用の2度目の訪問です。
最初の訪問都市ブダペストへはJALの直行便がないのでヘルシンキ経由で向かいます。
スカンジナビア半島のフィンランドの首都ですが、例え経由地であろうが、個人的には初めて足を踏み入れることになります。

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朝はたいへん早かったです。
伊丹発がam8:00、成田初が10:30ですから大変気ぜわしい乗り継ぎでした。
残念ながら楽しみにしてた特典の桜ラウンジでの時間が持てず。
機内で初めて添乗員さんと合流、かなりのベテランとみた。

今回は総勢19名、内訳はご夫婦8組、女性の2人旅(50歳台)、女性1人旅(60台)です。
私の同年配が1人いましたが、結果的に男女とも私たちが最年長でした。
いろいろ観察した結果、元気さからいっても私たち夫婦はトップクラスでした。

これまでヨーロッパ旅行では12時間前後の長時間フライトにも耐えてきました。
なにしろ二人はご老体ですから、今回はエコノミークラスより若干座席の前後に余裕があり、足載せが上下でき、後ろに迷惑かけることなく背もたれがスライドする座席、プレミアムエコノミーとしました。

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テレビのインチも大きめでたいへん観やすかったです。

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食事はエコノミーと変わらないのですが、頼めば間食も特別とることができます。
酒類はエコノミーと違いシャンパン、ワイン、ビール日本酒、焼酎、カクテル等々豊富です。
残念ながら機内ではそんなに飲む気になれませんね・・・・。

離陸後1時間後に出された食事です。私はカジキのカツ丼、家内はハンバーグ&ジャンバラヤ、飲み物は食前にワインとシャンパン、途中ビール最後にハーゲンダッツです。
今回は満足度の高い食事でした。

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今回はヘルシンキまで9時間と、いつもより短めであり、椅子の快適さとも相まって時間の経過が早く感じられました。

到着2時間前に、北海道産トウモロコシのシチューショートパスタ、石窯パン等々が出てきました。時間的に言うならば、一回目の食事は昼食、今回のものは夕食に当たるのだが中身は軽食。
ブダペストの到着時にはお腹的に問題になりそう・・・・。

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ヘルシンキ空港は敷地は広いですが、パリやロンドンのように洗練された感じはなかった。
乗降客はロングバスでのターミナル移動となりました。

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乗り継ぎは、添乗員がついているので私たちは何ら神経を使うこともなく導かれるままに。
個人旅行ではこうはいきません。その大変さを考えて、直行便を優先してきました。

乗り継ぎ搭乗口に向かう途中にも北欧らしい食べ物がやたら目につきます。

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16:45発のフィンランド航空、再びバスでそして乗り込みブダペストへ。
約2時間のフライとですが、ブダペストとは1時間の時差があり、到着は現地時間午後8時過ぎです。
機内ではジュースのサービスのみ、食べ物は有料です。
到着後の食事は付いてないので皆さんどこかで食べることに・・・・。

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機内はこのジュース一杯のみ、私たちはブタ地区のあるレストランを想い浮かべながら、可能なら行ってみようと・・・・やがてブダペストに到着。
全員の荷物も無事出てきてまずは一安心。
バスにてホテルに向かいました。

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ブダペストのホテルはドナウ川のたもとに建つソフィテル・チェーンブリッジです。
最高の立地にありますが、自室からの景色が期待通りなのかが心配でした。
窓越しにくさり橋、その先の丘に建つマーチャース協会等が望めバッチリでした。

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各自は自室で荷を解き、夜をフリーに過ごしました。
夜といってもこの時点未だ外は明るい。

私たちは7年前に家内の勘を頼りに偶然訪ねた、ビールも料理も美味しかった店を訪ねることに。
くさり橋を渡り川沿いを右方向に進んでいくと懐かしい店が間違いなくありました。
前回頼んだ、木枠に収まった奇抜なロンググラスに注がれたビール、今回も飲みました。

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料理は温サラダで色んな具材が混在して美味しい。右側の料理も良く説明できないがとにかく美味しかった。

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お店は外国人ばかり、ビールの種類も豊富で、大変賑やかな雰囲気で家内も満足。

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あまり夜も遅くなると危険なので9時半ごろ店を出ました。
お店のテラスで記念に。

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お店からホテルまでは徒歩15分くらいの距離、さすがに外は完全な夜です。
実は二日目にドナウ川クルーズがあり、ライトアップされた景色を堪能するのですが、一足早く一部観ることができました。

店を出てすぐの対岸にあるのが国会議事堂、きれいにライトアップされてました。
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くさり橋のライトアップも素晴らしかったです。
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懐かしい店も訪ねることができたし、前のように料理もビールも美味しくて大満足。
通常外国では極力夜の2人歩きはしないのですが、橋の上はライトアップされて明るく、街灯も明るく、問題ありませんでした。

夜は家内が恒例にしている、洗濯物をバスタオルに包み足踏みして水分を切った後バスルームに干す、この一連の作業も無事終了し、眠りにつきました。・・・・ (続く)

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