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2017年8月19日 (土)

孫との一泊旅行

8月17日

上の孫は今年中学に進学、念願かない、本格的な学校のアメフト部に入部して合宿等々で大忙し。

下の孫は小四です。
頻繁に我が家にやってきては泊まっていきます。(もちろん送り迎え付です)
顔を合わせた時のいつもの第一声が "今日は何食べるの?"です。

好き嫌いの多い兄と違い家庭料理も喜んで食べてくれるし、食には大変貪欲です。
夏休みなので名古屋に "ひつまぶし"食べにいこかと誘ってみたら即座にOKでした。
親の了解もとり実行となりました。それも一泊旅行で。

ひつまぶしなら蓬莱軒ですね。
行列のできる有名店なので、開店前には確実に到着できるよう朝8時に出発。
寝坊の孫もこの日だけはしっかり起きてくれました。

新名神の土山ICに立ち寄り、ごちそうを控えているので軽く飲み物とサンドイッチの軽食をとる。

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お盆明けとはいえ高速も度々渋滞に合い悪戦苦闘
あつた蓬莱軒の新宮店に着いたのが開店(11:30)15分前でしたがすでに満席、12:10頃の予約時間をもらいました。

この新宮店は熱田神宮の直ぐそばにあり、時間をつぶすのには好都合です。
ひとまず本殿に参拝することにしました。

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この日は特に蒸し暑く、三人とも汗だくだく。
一旦車に戻り、家から用意してきた冷たいお絞りで汗をとり、しばし車の冷風で一休み。
孫には着替えさせました。

お店の前で
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予定時間を過ぎてさらに店内で待った後着席。

一膳目はそのままに、さっぱりと薬味で二膳、独特のだしをかけて三膳と三様の食べ方を楽しむことは知ってますが、私はがっつりと正統派でかき込みました。

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さすがに子供に一人前は無理なので家内とシェアすることにしてました。
私も少しはおすそわけしましたが・・・・。

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この日の食後の行動をどうするか私もいろいろ考えました。
水族館か動物園か・・・・水族館は港地区にあり後戻りとなるので動物園に決定。
最近テレビで放映された、てなが猿の "おっさんの叫び声" も期待してたのですが応えてくれませんでした残念。
ここも暑くて暑くて汗だらだらでした。

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たまらずソフトクリームで一休み
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カバもシロクマもこの炎天下ぐったりの様子。
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今宵のホテルは名古屋の中心部にある名古屋観光ホテルです。
孫との添い寝OKの夏休み3人プランを選びました。
家内と一緒に寝たのですが、動きに翻弄されて熟睡できなかったと言ってました。

ホテル前で
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ロビーで
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ホテルでシャワーを浴び一休みした後、夕刻から栄の繁華街へと出かけました。
屋上階に空中歩廊のある複合型のスポットを訪ねました。

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三越の地下にある守口漬けの大和屋さんで大量に購入。
孫も気に入った一品です。

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夕食は栄の地下街にある店に入り食事。
私は手羽先、味噌カツ、モツ煮のなごやおつまみセットとビールをいただきました。 
家内と孫はそれぞれ自分達の好みで・・・。

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このあと孫の希望で口触りが大変ソフトなかき氷いただきました。
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8月18日

この日は朝から雨模様。
ほんとは名古屋名物のモーニングを街中の喫茶店で食べようと思ってましたがやめました。

ホテルを9時半頃出発し、予定していた彦根へと向かいました。
途中の悪天候と渋滞の中、やっと養老ICへ到着。このころには天気も回復へ向かいました。孫もご機嫌の様子。

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愛車の前で
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彦根に到着。
ここでは近江の漬物と近江牛の調達、そしてクラブハリエのケーキをいただくことを予定してました。

彦根城は孫も私たちも既に訪ねているので、せめて濠端からでも雄姿を眺めようとしたのですが、木々にさえぎられてご覧のとおり。

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城下町の街並みを再現した中に地元ならではの商品を扱うお店が並んでます。
この中にあるのが近江つけもの"山上"さんです。
ここはいろんな漬物があるので、孫にもしっかりと試食してもらい、好きなものを選ばせました。

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次が近江牛の購入ですが、今回は千成亭のお店を訪ねました。
肉大好きの孫も大変興味の目でみてました。コロッケも買いました。

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最後はクラブハリエのカフェでケーキをいただき、今回の旅は全行程が終了。

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大事な孫を預かりいろいろと気を使いましたが、何事もなく無事に帰宅しました。
孫はあと二日滞在します。
さすがにこの夜は、近江つけものとコロッケで簡単に夕食を済ませました。
明日はたっぷりと孫にも近江牛食べてもらいましょう。  (完)

2017年7月 9日 (日)

盛岡市内でも想い出づくり

7月6日

今日は午後帰阪するのですが最高に天気は良さそうです。
岩手県のシンボルでもある2000mの最高峰、岩手山も今朝は頭を出してくれました。

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ところで、昨日わんこそばの帰り道に太鼓と笛の音がどこからとなく聞こえてくるのです。
盛岡では8月1日から4日まで夏祭りの盛岡さんさ祭りがあります。

その練習をしているのだなとすぐわかりました。
銀行のビルの上階からも聞こえましたが近づけないので、盛岡城址公園方面の音を頼りに行った時の写真です。
比較的単純なリズムの繰り返しですぐにでも溶け込めそうでした。

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私たちはホテルに荷物は預かってもらい近場の盛岡城址公園へと向かいました。
白い花崗岩で組まれた石垣、関東以北の石垣組の平城としては最大規模とのこと。

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ここのお城は南部藩により築城したのですが、明治初期に構築物が解体され、跡地が盛岡城址公園となりました。別名 「不来方城」・・"こずかたじょう"とも呼ばれたそうです。

これだけ立派な石垣がありながら天守閣がないのが残念です。

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石川啄木の歌碑がありました。
詠まれた句が・・・・"不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし15の心"

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城址に寄り添うようにしてあるのが桜山神社。
鳥帽子岩の巨岩もありました。いわれは案内板で。

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次に"もりおか歴史文化館"を訪ねました。
伝統文化の紹介がされており、子供たちとの触れ合いもあって大変いい想い出が。

まずは盛岡さんさ踊りに参加? どこかにいるでしょう・・・・。

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次が "チャグチャグ馬コ" 初夏の風物詩として色鮮やかな装束を着けた約100頭の馬が市内を練り歩くそうです。

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校外学習で、お祭りのビデオを観ながら学習中の子供たちの輪に家内も入り無理なお願い。
お祭り時の掛け声はどんなかやってくれる・・・それに何人かが応えてくれました・・・岩手の子は純朴で素直ですね。

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さらに家内はいい想い出を演出しました。
館内には秋祭りの勇壮華麗な山車が展示されています。

先生に引率された生徒たちがはっぴを着て、山車の上でボースとっていました。
これを観た家内は私も入れてと・・・・おかげで素晴らしい写真が撮れました。

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この近くには"背割り桜"の有名ポイントもあるのですが時間の都合でパス。
循環バスのでんでんむし号に乗って、宮沢賢治の童話、"注文の多い料理店"を発刊した光原社を訪ねました。

近くの橋の上から北上川の先に岩手山がよく望めました。
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宮沢賢治の銅像と
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光原社は、今は展示室やカフェとなっています。
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お昼前にホテルで荷物受け取り盛岡駅へ。
駅構内で、地元で話題の一品、最後の四つ目の一品は盛岡じゃじゃ麺です。

仰々しく食べ方が書かれていますが、なんだこんなものかとがっくり。家内も同様。
私が一品に推奨したのが間違ってました。(あくまで個人的な感想ですが)

左から最初の姿、かき混ぜました、少し残った状態で生卵に茹で湯入れスープに。

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1時過ぎの空港バスでいわて花巻空港に到着。
降り立った初日の天気と違い、ほんとに好天で見送ってくれました。・・・(完)

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2017年7月 8日 (土)

角館訪問と"わんこそば"挑戦!!

7月4日 (続き)

雨の心配もなくなり盛岡へと向かいました。

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盛岡には1時間少々で到着。
県庁の所在地ですから駅も結構大きいです。
石川啄木の出身地でもあり、もりおかの文字の下には「啄木」の名も刻まれていました。

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ホテルの場所がよく分からなかったのでとりあえずタクシーで向かいチェックイン。
私たちが最近旅の常道としているのが、時間に余裕あれば一休みの時間を十分とること。

ということでホテル室内でしばし休憩の後、夕食場所を求めて街に出ていきました。
大きな商店街をぶらぶらしながら進んでいくと、市内を流れる北上川にたどり着きます。
ここに架かる開運橋を渡るとすぐに盛岡駅です。

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駅地下に入り見つけました。

"岩手の地ビール べアレン直営店" "英国パブスタイル"

この標題をみるとついつい入りたくなります。
中欧の旅では随分と地ビールを飲みましたが、まだその余韻が残っているのですね。

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ここは地元でヨーロッパの伝統製法によりクラシックビールを造っています。
私はドイツ式の二種のビールをいただきました。

一品として、ガーリック炒めの枝豆と牛さがりのクミン串焼きとしました。

小さな丸テーブルに狭しとビール、一品を乗せ、腰高の丸椅子にちょい掛けしてビールを飲む姿もなかなかのものです。

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飲み終えた後、店の前で親切な若者が私達を撮ってくれました。
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駅構内の一角にはいろんなお店が出ています。
ずんだのお店にはつい足が止まります。
写真の店員さんと家内は意気投合し長々と立ち話。これも"おもてなし"と言われました。

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ビールと一品だけではお腹が満足しないので、駅前にある店"ぴょんぴょん舎"に立ち寄りました。ここは盛岡冷麺の名店です。

焼き肉を少々と冷麺を注文。地元の話題の一品として餅料理に続き二品目ケット!!

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ホテルまではぶらぶらと歩いて帰りました。2日目終了です。

7月5日

今日は秋田の角館を訪ねます。
盛岡からは秋田新幹線があり、45分位の距離です。
天気は悪くはありません。駅の上空は青空です。

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午前8:48発、こまち一号にていざ出発。
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あっという間に角館到着。
陸橋通路では早くも歓迎ムード。
ただ駅舎はセンスが感じられず少々期待外れでした。

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角館の街並みは2時間もあれば一周できます。
かっては城下町として栄え、今は年間200万人が訪れます。
武家屋敷と黒板塀が続く並木路が美しく、みちのくの小京都と呼ばれています。

メインは武家屋敷通りですから、このような案内が要所要所に設置されています。
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駅前から真っすぐ進み、郵便局のコーナーを右折するとやがて武家屋敷通りに入っていきます。

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かっての家臣の家が今も残っています。
小田野家にはいってみました。こちらは外回りだけの見学です。

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左右に黒板塀が続き、両側の400本の枝垂桜を含む木々の素晴らしい緑が心を癒してくれます。

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石黒家を訪ねました。
勘定役についていた由緒ある家柄だそうです。
ここは有料ですが案内してもらいました。

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この写真の通りは緑のボリューム、枝の垂れ具合といい最高ですね。
桜の季節、雪の季節とどのように様変わりするのでしょうか。
そんなことを想いながら戻っていきました。

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昼食場所はどこか、私の勧めは比内地鶏丼で有名な店(少々高い)、しかし意見合わず。
結局、観光客向きの店より地元の人が利用するお店がいいとの家内の意見取り入れ、右の源八さんへ。
私は秋田名物の稲庭うどん定食、家内は焼き魚定食。
家内は自分の選んだ定食が美味しすぎるとべた褒めでした。
私はうどんはやはり讃岐だなが素直な感想でした。

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最後に駅前と駅構内で撮りました。
やはり駅前は貧弱ですね、構内には飾りがあってよかったですが。

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3時過ぎに盛岡に戻りました。
ホテルに戻る途中で商店街の盛岡せんべいのお店で買い物。

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3日目のメインイベントは三つ目の話題の一品、わんこそばに挑戦です。
お店は "東家本店" 。
6時ころ店に到着することとし、とりあえず部屋で休息をとることにしました。

定刻に東家本店に到着。
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二階に通されました。
ちなみに15杯でもりそば一杯分とのことでした。

二人はエプロン付けて早や臨戦態勢です。
私は早くも勝利宣言の様子。

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そばの準備が始まりました。
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一応テーブルには鮪の刺身、なめこおろし、とりそぼろ、胡麻、ノリ、漬物などが並べられていて、戦闘中に口にしてもいいのです。
右の小桶は各自の器に汁が残ればそこに捨てます。
右写真、隙を見て撮ったものですがこの時点かなり積みあがってます(2人分です)

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最終の結果は、私は101杯、家内は61杯、2人合計162杯でした。

積みあがった器とともに記念に撮ってもらいました。

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通常、食べた個数の証明書はもらえますが、100 杯以上になると特製の木の証明板がもらえます。私がもらったものです。

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わんこそばの感想、
事前に出された添え物に手を出す暇などない。
私はもともと数こなそうと参戦しているのでそばを味わう余裕はない。
後半になってくるとお腹に収まる前に次が入ってくるので苦労する。

でも頑張りました。
最初で最後のわんこそば体験・・・・大成功!!

お腹パンパンでお店を出てきた2人です。

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当然のことながら食べた後は運動あるのみ、歩いて歩いてホテルに戻りました。・・・(続く)

2017年7月 7日 (金)

世界遺産の地・ 平泉&厳美渓

7月3日

梅雨入り真っただ中、岩手県を訪ねました。
東北は夏祭りの8月がいいのは分かってますが、逆にあえてこの時期にしました。

岩手花巻空港には伊丹から直行便が出ています。
ローカル空港ですから機種も小型ジェット、50人くらいの客を乗せて出発。
ゲートの案内では現地23度で雨・・・・もちろんこれも想定内。
家内は、晴れ女の私がついているから大丈夫と言うのですが・・・・?

珍しく富士山も雲上に垣間見ることができました。

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まずは花巻空港からバスでJRの花巻空港駅に向かいます。7分位。
盛岡と平泉の中間地点にある小さな駅です。
今日は平泉へと向かいます。

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平泉駅に到着です。
空模様曇天、雨も降ったりやんだり。
さすが世界遺産の地、駅前にはしっかりと毛越寺、中尊寺の案内塔が。

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駅前の芭蕉館で昼食です。
私は冷たい山菜おろしそばをいただきました。

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駅前の案内所でパンフレットをもらい、周遊バスで毛越寺に向かいました。
案内所親切でした。私たちの小さな傘をみかねてか大きめのビニール傘貸してくれました。

毛越寺入り口に到着です。駅から5分とかかりません。
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毛越寺は藤原氏滅亡後、度重なる災禍で全て建物が焼失したが、大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構が完全な状態で保存されています。

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本堂です。
平安時代に作られた薬師如来が本尊です。

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この広場の一角に、この地を訪れた松尾芭蕉が、悲運の武将義経をしのび詠んだ
夏草や 兵どもの 夢の跡」の句碑があります。
このあと、浄土池を一周しながら当時の堂塔伽藍をしのばせる礎石等の遺構を巡ります。

毛越寺庭園
出島と池中立石、荒磯の風情を表現しており、庭園を象徴する景趣です。
かっては池を横切る橋が架けられていたそうです。

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それではその趣を感じながら・・・・記念に一枚。
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茅葺屋根の常行堂・鐘楼堂・あやめ園
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ほとんどが礎石などの遺構だけですが、この広大な敷地に当時の繁栄を想像しつつ徒歩で平泉駅に戻りました。

宿からの迎え車に乗り、駅から数分の位置にある渓谷美で有名な厳美渓へ。
今宵の宿は、温泉宿の"いつくし園"です。
標準的な夕食を済ませ、温泉に浸かって就寝。

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7月4日

今日は厳美渓を散策し、中尊寺へと向かいます。
曇り空ですが、雨も降ってなくて昨日よりは増しな天気となりそうです。

山間部の雨のため、水嵩も増しそれなりの流れと色になっていました。
紅葉の時期はさらに素晴らしいでしょうね。

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ここの名物に"かっこう団子"があります。
:渓谷を挟み、小高いところにあるお店とロープを使って団子のやり取りをするのです。
テレビの旅番組でその様子が放映されているのを観たことがあります。

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私たちはお店の方を訪ね、団子をいただきながらその様子を観させていただきました。

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一串130円と安いです。
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お店の方に聞くと、今日は台湾の団体さん15人がこのパフォーマンスやるそうです。
対岸の岩の上に集まってきました。

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お店も商売上手で、籠に台湾の旗と日の丸をつけて無事団子のやり取り完了。
このあとお店に押し寄せるとのことで、私たちも早々に退散。

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さらにしばらく付近を散策。
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一旦宿に戻り、平泉に戻るのにバスかそれともタクシーかと迷っていたら、ご親切にも平泉駅まで送ってくれ、さらに荷物を預けた後中尊寺まで送ってくれました。
外国では多額のチップをはずむのがあたりまえ、お礼を述べて済む日本はいいですね。

ということで中尊寺に到着。
中尊寺は高僧慈覚大師円仁により開かれ、その後奥州藤原氏により大規模な堂塔造営が行われ、藤原三代がおよそ100年にわたって王朝風の華やかな文化を築いた。
藤原氏滅亡後、多くの堂塔が焼失するなか金色堂だけが当初のまま残る。
今回訪問の主目的はここなのです。

しばらくこう配のある月見坂を上っていきます。
両サイドにはスギヒノキの大木が並び、この坂の歴史を感じます。
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金色堂にたどり着くまでにも多くの重要建物があります。
弁慶堂
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薬師堂
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坂道が終わるとすぐに本堂があります。
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中尊寺の根本道場です。ご本尊は釈迦如来
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今回の旅の前日に左目が充血してしまいました。
日曜の為病院にも行けずじまいで旅決行。

ところが参道途中にやたら目を強調している薬師堂がありました。
早速飛びつき、完治をお願いし、お守りも買いました。
おかげで特に気にすることもなく旅することができました。

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お守りです。何故家内がVサインしているのかわかりません。
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いよいよ金色堂に到着です。
金色堂本体は今はコンクリ製の建屋の中に納まっています。

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金色堂は1124年の造立で、現存する唯一の創建遺構です。
ご本尊は阿弥陀如来、脇侍に観音・勢至菩薩、さらに六体の地蔵菩薩と持国天・増長天が本尊を取り巻いています。

堂全体を金箔で覆い、皆金色の極楽浄土を現世に表しているとのこと。
内陣は螺鈿細工、蒔絵などが施されています。

この下には藤原四代の遺骨が眠っています。

とにかくすごいです。
もちろん写真撮影は禁止ですので、パンフレットの写真でそのすごさをご覧ください。

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その荘厳さに圧倒され建物から出てすぐに目にしたのが、
芭蕉翁句碑です。
この金色堂を観て詠んだ句が、「五月雨の 降り残してや 光堂」 

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最後に白山神社の能舞台を観て下山。

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岩手の一関を中心としたこの地域には餅文化があり、餅料理をメインとするお店があります。
そこで昼食は、中尊寺からも近い "夢乃風" を訪ねました。

藤原三代お餅善をいただきました。
あんこ、ずんだ、しょうが、くるみ、くろゴマ、お雑煮のお餅に口直しの大根おろしとお漬物

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今回の旅では、地元で評判の一品を四ついただくことにしてます。
まずは餅料理の一品ゲット!!

このあとJRにて盛岡に向かいました。・・・・・続く

 


2017年6月13日 (火)

プラハ出国

6月7日

今日は往路の逆で、プラハからヘルシンキに飛びJAL便に乗り換えて帰国します。
最後まで天気に恵まれ、ツアーの仲間19人、皆さん旅慣れた方ばかりで和気あいあいと愉しく過ごすことができました。

中欧にはもう来ることはないと思います。
空港へ向かうバスの車窓からはモルダウ川、その先にはプラハ城の丘が私たちを見送ってくれました。
ここでチェコが生んだ作曲家スメタナの我が祖国から"モルダウ"の静かな名曲が車内に流れたら涙ポロリだったでしょうね。

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空港に到着しました。
荷物の重量オーバーもなく、手荷物検査も最近は何が要注意かみな理解しているのでスムースに全員パス。(たまに仲間の誰かが引っ掛かって待たされることありますが)

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フィンランド航空で飛び立ちました。
ヘルシンキまで約2時間のフライト、サービスはジュースのみ、他は有料。

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ヘルシンキ空港ではかなり待ち時間があったので、ラウンジが使用できました。
ただ、リラックス席は全て満席で、テーブル席しか空いてませんでした。
飲食無料なので、私はワインの赤・白でしばしくつろぎました。

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出発は17:20発 成田行きです。
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ヘルシンキ線は開設間もないせいか搭乗機まではバス移動。
北欧の空港を日本に向け飛び立ちました。

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機内最後の食事です。
今回の旅行中では、珍しく一切日本食や中華物は食べませんでした。
カップ麺などの持ち込みもしませんでした。
それだけに紙コップに入ったみそ汁が出てきてほっとしました。

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成田には朝8時過ぎに到着。
成田→伊丹の直行便は夕方しかありません。
そこまで待てないので、羽田にバス移動して早い便で無事帰阪しました。

これにて7泊9日の麗しの中欧の旅・・・完結(*^-^)

ここから余談です。
留守中の枇杷の状況が心配でしたが、案の定毎日鳥がやってきて食べまくり。
その食べかすが道路に散乱し、近所の人がかたずけてくれたそうです。
事前に枇杷お配りしててよかったです。

そこで、届かないところにいくら鈴なりになっても仕方がない、鳥がたべるだけ。
日当たりも良くないことから、この際ばっさりと選定してもらいました。
写真は使用前と使用後です。枇杷は生命力強いのですぐ蘇るでしょう。

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中世の面影を残すプラハ

6月4日の続編

夕刻チェスキークルムロフからプラハに到着しました。
ホテルは旧市街の街歩きに便利な"マリオット"、アメリカンスタイルで部屋も広いです。

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自室に荷物が間違いなく届けられたのを確認、ロビーに集合し夕食会場に向かいました。
今宵は「ジャルパックこだわりディナー」と銘打っておりそれなりの食事が・・・・。

レストランはホテルから近い、大変格調ある建物、市民会館一階のレストラン「フランツォウスカー・レスタウラッエ」です。
旧市街出入り口のある火薬塔の傍にあります。

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メインディッシュは肉、魚料理からのチョイスです。
私は肉を選び、野生の鴨料理でした。

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チェスキークルムロフでもそうでしたが、食事後のフリーな時間を利用して、希望者だけ
特別に街ブラを添乗員がしてくれます。
外国の夜の街歩きは通常避けていますが、これならとほとんどの方が参加します。
この時の写真は、翌日の現地案内人による街歩き記事で必要に応じて挿入します。

6月5日

朝食では外国という特別な雰囲気の中、余計なものまでつい皿に取ってしまいます。
そろそろ私もいつもの朝食スタイルに戻さなければ・・・・。
今朝の私はいたってシンプルに、家内もこの時点では皿盛りが少ないようですね。

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朝食後、ホテル前に出て気温の体感をチェック。
プラハは先の2都市に比べて北に位置しているので25度は越えなかったと思います。

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今日の現地案内人はプラハ在住16年、高知出身の女性の方です。
まず向かったのはヴルタヴァ川の西岸に広がる丘に建つプラハ城。

城壁で囲まれた敷地内には教会や王宮、修道院とか様々な建築物が存在しており、
これからそちらを訪ねます。
車窓からは、すでにその姿が遠目に見えてきました。

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まずストラホフ修道院を訪ねました。
今は民族文学博物館として二つの図書館があり、中世を物語る膨大な蔵書が所蔵されています。
図書室内のスタッコ細工とフレスコ画の天井が凄いです。

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プラハ城内敷地に入るには手荷物検査があります。
到着したこの入り口には例のアジア系外国人が長蛇の列。
ガイドはよく知ってます、機転を利かせてこの先にある穴場の入り口へと急ぎました。

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さすがにベテランガイド、待ち時間も少なく入場することができました。
木陰の路に涼しさを感じながら歩くうちに聖ヴィート教会の雄姿が現れました。

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最終、衛兵のいるこの正門をくぐって中に入ります。
青服の衛兵さんとは皆さん気軽に記念撮影してます。
ところが機関銃の兵隊さんに家内が近づきなにやらひそひそ・・・撮影させてとねだったようでOKとなりパチリ、普通は怖くてみな近づきませんよね・・・・。

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中庭に入りました。

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いよいよプラハを代表する聖ヴィート教会の正面に出ましたが、ここからはそびえ立つ感じて、とりあえずこの見上げた写真しか無理ですね。そして入場。

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ここのステンドグラスは数多くあり、みんな素晴らしいものでした。
これまでいろんな協会のステンドグラス観てきましたがベストスリー間違いなし。
この写真のステンドグラスにはミュシャの作品も入ってます。

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このあと旧王宮の広間、聖イジー教会と回る。
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ひと回りして外に出ると、いよいよゴシック様式の荘厳な尖塔を持つ聖ヴィート教会の全貌を目の当たりにすることができました。
全貌が入るように広場の端まで下がって撮りました。

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ここからは、王様のお抱えの錬金術師たちがここで作業したことから、「黄金小路」と呼ばれ、土産品を売るお店が並ぶ通りを歩いてカレル橋へと向かいます。

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途中休憩をとりながら、下に見える黒っぽいタワーゲートのあるカレル橋まで下りていきます。

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プラハは100塔の街と呼ばれているとガイドに聞きましたが、この写真を観ても多くの尖塔があちこちにあるのがよくわかります。

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下に降りるにつれてこの混雑、みな橋に向かっているのです。
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カレル橋はヴルタヴァ川に架かる全長516m、16のアーチを持つゴシック様式の石橋です。
橋の両側には2つのタワーゲートが立ち、欄干には30体の聖人像か並んでいます。

橋の上に上がりました。
やっと高知出身の現地ガイドの姿が写りました。(ピンクのシャツ)
欄干には聖人が、後方にはプラハ城の丘が望めます。

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聖ヤン・ネポムツキー像の台座に触ると幸運が訪れるそうで、触りすぎ金色になってます。
家内も触り、終わるとなにやら満足の様子。

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一体だけ日本になじみの聖人がいました。
下写真の聖フランシスコザビエル像です。下で支える従者の中にサムライ風の姿が。
ついでに私も聖人として一枚。

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橋を渡り終えました。
プラハ城の小高い丘がよく望めます。

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ちなみに昨夜橋の麓にきて撮った夜景です。
左は橋の旧市街側にあるゴシック様式のタワーゲート、右はプラハ城夜景

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みなさん橋を渡り切り、旧市街の中心広場へと向かいます。

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この中央広場の象徴はティーン聖母教会です。高さ80mの尖塔の間には金のマリア像が。
昨夜はライトアップされてました。

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旧市庁舎のの天文時計では、一定時間になると窓が開いて12人の使徒が動き出すのですが待ちきれずパス。
普段は塔の上からは抜群の景色が望めるのですが、工事中で上れず残念。

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今日の昼食はフリーです。
添乗員のお勧めで生パスタの店に数人が行きました。
12種類のパスタが展示されており、ここから好みのパスタを注文します。
全て手打ちです。

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私たちは平たいフェストチーネ、ホウレンソウ入りのグリーンのパスタにしました。
もちろん食前酒も。

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このあとオーガニック石鹸のボタニクスに立ち寄り数点購入。

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旧市街への出入り口火薬塔を通り抜けホテルに戻りました。
ゴシック様式の塔ですが、戦いでは火薬庫として使用されていたためこの呼び名が。

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夕食は外のレストランを予定してましたが、
ツアー仲間のご夫妻から、事前予約してたミールクーポンが都合で使用できなくなり、どうでしょうかとの打診があり買い取りました。

ということで今宵は他のミールクーポン仲間との会食となりました。

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私はビール二杯とシーザーサラダ、メインは鳥のキジ料理でした。

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プラハでの最後の夜が終わろうとしてます。
テレビでは盛んにロンドンのテロのニュースが流れてましたが
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中欧では何ら危機感は感じられず平穏な旅が続いています。・・・・・(最終日に続く)

2017年6月11日 (日)

小さな町 チェスキークルムロフ

6月4日

今日は、"世界で一番美しい街"と言われているチェスキークルムロフを歩きます。

地図があります。
中央、ヴルタヴァ川に囲まれた中州のくびれた部分の赤丸がホテルの位置です。

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今日も天気は良さそうです。
さすがに少し北に位置するので暑さは和らぎ20度を少し超えたくらいです。
出掛ける前にホテル前のビューポイントで、朝日を浴びた街並みをバックに、
家内はホテル入り口で。

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ホテルのロビーは、さすがに旧修道院だけあってロビーの壁にはイエス様

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出発までの待ち時間の間に、女性軍が女子会だと言いながら急に
賑やかになりました。
このツアーも最初から女性の方がパワーありましたからね。

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ホテルを出て聖ビート教会を横目にだらだら坂を下っていくと、路地の向こうにチェスキーのシンボル、クルムロフ城がフッと現れるのですね。こうした景色がポイントなのです。

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旧市街の街めぐりの起点になる広場に到着。
カフェ、ホテル、観光案内所などあります。
ここからクルムロフ城に向かって左右のお店を観察しながら街並みを歩きます。

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いよいよ観えてきました。

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こうして歩いた先には必ず素晴らしい景色が待ってます。

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最後に私はこのクルムロフ城の展望台上ります。
らせん階段での歩きですから、さすがに6人だけでしたが、家内もパスしました。

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何か所かビューポイントがあり、案内ガイドがしっかりと導いてくれます。
最高の一枚はこの風景です。

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そして私が頑張って上ったクルムロフ城の展望台から眺めた景色です。

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これでもかと写真並べましたが、これほどにコンパクトに"美しい街"として存在感があるのですから、皆さんに紹介したくなります。

もちろんそんな素晴らしい風景には人物も必要です。

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実は、昨夜は添乗員の案内で夕暮れから夜にかけて街をぶらぶらしました。
夜にしか観れない写真撮りましたので何枚かご覧ください。

これは建物間の回廊ですが、暗さを増すとライトアップの効果でこんな素晴らしい写真に。

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いいですね、芸術的ですね。

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何といってもクルムロフ城はどこから撮っても絵になります。

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個人的には経験の中で一番印象に残る街だと思います。
そんな街を二度も訪ねることができたのですからほんとに幸せです。

さて街歩きも全て終了、今日の昼食場所はビール醸造所直営レストランです。
もちろんこの街にあります。

ここも女性軍は集結して完全に女子会模様、男性は片隅に・・・。

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私は黒ビールを、途中で家内のビールが回ってきました。

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なかなか雰囲気のあるホールでした。

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メインは鯉料理だったとおもいますが、全て美味しかったです。

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みなさんご機嫌で出てきました。

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これから3時間かけてプラハに向かいます。・・・・(続く)

2017年6月10日 (土)

クリムトのベルヴェデーレ宮殿

6月3日

今日は午前中にベルヴェデーレ宮殿を訪ね、その後昼食を済ませて世界文化遺産のチェスキークルムロフに向かいます。

昨日まで四日間好天気が続きました。
窓越しに観る朝の空模様から今日も天気良好間違いなし。

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ベルヴェデーレ宮殿は市中心からそんなに遠くありません。
朝食を済ませチェックアウトしてからバスで向かいます。

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広大な庭園を持つ宮殿に到着しました。

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建物正面に回ると、庭園の先には市中心部のシュテファン寺院の塔がくっきり望めます。

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宮殿内に入りました。
天井のフレスコ画も素晴らしい

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ここは多くのクリムト作品を収蔵してます。
今回は、クリムトの最高傑作 「接吻」 を観るために来たようなものです。
じっくり観ました。
しかも普段は許されてない写真撮影がOKだったのです。 ラッキー!!

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この 「ユディット」 も代表作の一つです。

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クリムト作品以外でも素晴らしい作品が多くあります。
この作品「ナポレオン」も有名です。 ルーブルにもありますね。

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絵画鑑賞後は市内に戻り徒歩で昼食場所に向かいます。
途中公園内のヨハンシュトラウス像で。

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公園の中でも見つけました。天敵菩提樹の花 "オーこわっ"
信号を待つ家内他四名・・・信号の短いこと、十秒と待たない
それと自転車が怖い!! 歩道に自転車道マークがあるのですが、うっかり見落とすと危険。

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昼食は初めてカフェの外のテーブルでいただきました。
感想は肉硬かった、デザート濃かった、ビール美味しかった!!

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いよいよウイーンの街ともお別れです、車窓の景色を脳裏に残しながら目的地まで4時間の走行です。
今回のツアーは19名なので一人2席使用で楽でした。 

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途中の景色を楽しみながら、あるいは家内のように・・・・。

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途中のトイレ休憩のドライブインで、さすが外国と思わせるようなけばけばしい・・・・。

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チェスキークルムロフに到着しました。
チェコの南部にある小さな街で、世界文化遺産に登録されており、屋根のオレンジ色と緑が美しく調和した街並みです。
ブルタワ川に抱かれた街で、ルネサンス様式の建築が多く残されています。

ホテルは「ルーゼ」 昔の修道院をホテルにしたものです。
丁度ホテルの前にはブルタワ川を挟んだ高台の展望所があります。
夕刻と云えどもまだ明るいです。

チェックイン前にその広場で写真撮り、同時にホテル入り口で。

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部屋に入りました。
元修道院らしく、ベッドも小さく、床は板張りで、決して広くはないのですがなんとなく趣が。

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ホテルの裏にはテラスがあり、添乗員が記念撮影してくれるというので行く。
プロのカメラマン気取りで、はいこっち、はい座って・・・採用は3枚ですね。
眼下のブルタワ川ではカヌーが

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夕食は"ます料理"がメインです。食前酒はビール、ホテルでいただきました。

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チェスキーは一泊だけです。
本格的な街歩きは明日ですが、食事後希望者のみぶらぶらと夕暮れの街に出てみるとのことで、その様子と明日の街歩きは・・・・・(続くで)

ウイーン半日観光とフリータイム

6月2日

昨日今日と宿泊するインターコンチネンタルホテル
リンク通りにほど近く、街中心部まで10分くらいの徒歩圏内にあります。
すぐ前はシュタットパーク駅が。

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ホテルエントランスと内部空間
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朝食時、希望者にはオムレツを焼いてくれます。
家内はもちろんオムレツを抱えてテーブルへ、私はいつものようにごく普通のパターン。
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今日の半日観光コースには現地の日本人女性(黒柳徹子なみの早口解説)が付き、
バスで市内まで移動したのち、旧市街を横断しながら、狭い石畳の路地裏を歩いたり、
中心を貫く歩行者天国のケルントナー通りを歩きます。

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ここはウインナーシュニッツェルの人気店のようです。

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今回は皆さん旅慣れた方が多いせいか、団体行動でも迷惑かける人はだれ一人いませんでした。

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ウイーンのシンボル、シュテファン寺院に到着
ゴシック様式の大聖堂で、四つの塔をもち、最も高いのが136m

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屋根にはオーストリア・ハンガリー帝国の双頭の鷹、紋章が描かれている。
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自由時間を利用して中に入ってみました。
数年前、このホールでサラブライトンが朗々と歌っているのをテレビで観たことがあります。

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旧市街のぶらぶら散策も終了し、バスにてシェーンブルン宮殿に移動。
直ぐに宮殿に歩を進めました。

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今回はグランドツアーであり、公開40室を優先的に見学できます。
入場時間に少し間があったので、宮殿裏手にある幾何学的にデザインされた美しい
庭園を観に行きました。

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いよいよ宮殿入場。
宮殿内には女帝マリアテレジア、皇妃エリザベート、皇帝フランツヨーゼフが暮らした部屋や、舞踏会や晩餐会が催されたクリスタル製の大鏡、金箔わ施した漆喰装飾大ギャラリーなど、素晴らしいものが多々あれど残念ながら撮影禁止でご覧いただけません。

案内人の名調子に乗って全ての部屋を観終わり、表に出て撮りました。

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宮殿をあとに市内に戻りました。
スーベニアショップに案内されましたが、基本的に買う気もなかったので7人
で、王室御用達の伝統と格式のあるカフェ・ゲルストナーでお茶することにしました。
これから先は終日フリータイムなのです。

ケーキのショーケースで好みを見定め、2階の席でコーヒーブレイクとなりました。
日本と違い味が濃いてすね。

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この中で五人は美術史美術館に行くとというのでオペラ座を横目に、リンク通りを徒歩で向かいました。

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途中、モーツアルトの像があり皆で記念に撮りました。

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美術史美術館に到着、広場には女帝マリアテレジアの像があります。
全員シニア料金で入場。

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この美術館は、ハプスブルグ家が何世紀にもわたり収集した美術の収納のため、フランツヨーゼフ皇帝により建てられました。

美術館の広大な階段ホールを飾る一連の絵画制作にはクリムトも関わりました。
建築の至宝は、最高級の建材と多彩な大理石、そして化粧漆喰細工で飾られた丸天井ホールです。

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丸いアーチの肩部分に施された壁画がクリムトの作です。拡大して観てください。

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ブリューゲルの「バブルの塔」とラファエロの「草原の聖母」

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フェルメールの「絵画芸術」を鑑賞する家内と
私はルーベンスの「毛皮をまとった妻」と「自画像」の前で

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ブリューゲルの「雪中の狩人」とアルチンボルトの「夏」

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ベラスケスの「マルガリータ王女」と「フェルププロスペス王子」

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マリアテレジアとフランツヨーゼフ皇帝

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単身参加のOさんと

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これまでに何かで観たことある作品、興味ある作品を中心に鑑賞しました。
入口入っての階段フロアの造りはすごかったですね。

美術館の外に出て撮りました。
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このあとは、リンク通りを横断し、王宮広場をぶらぶらと横切る。
賑やか通りに入り、スイーツカフェの「デメル」覗くが珍しくパスして高級スーパーへ。
少々の土産品を買ってホテルに戻った。

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夕食は、いろいろと悩んだ挙句、家内の意見をとりいれ、ホテルから10分弱で行けるカフェを訪ねました。店の名前は「シュバルツェンベルク」、室内はシックな雰囲気でした。

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飲み物はビールとワイン白・赤
私は二度目のシュニッテルに挑戦です。家内はチキンのサラダ

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デザートです
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ウイーンでの最後の夜ですが、まだ外が暮れきれない中ホテルに戻りました。
明日は午前中、クリムトのコレクションで知られるベルヴェデール宮殿のオーストリアギャラリーほ訪ねた後、チェスキークルムロフに向かいます・・・・・(続く)

 

2017年6月 9日 (金)

ウイーンに向け出発

6月1日

今日は途中寄り道しながらウイーンに向けてバス移動です。
ブダペストの朝、今日も天気良好暑くなりそうです。

見納めとなる、ホテル窓越しの朝景色、今朝も船がゆっくりとドナウを下っていきます。

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上階から見下ろすテラス席で最後の朝食をとりました。
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ホテルを朝9時出発
まずは、ブダペストから1時間弱の地にあるドナウベント地方を訪ねました。
ここはドナウ川の氾濫を避けるため丘の上に造られたセンテンドレの街です。
石畳の路地が美しい中世の街並みが観られます。

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少し賑やかな街並みに出てきました。
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石畳の街歩きがどんなに足に疲労をきたすか、外国にきて特に感じます。
ひどいところは、石どうしの間隔が広過ぎてまさに石の上を歩くがごときところもあります。

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そこで、トイレ休憩を兼ねてカフェで一休み。(公衆の場でも有料トイレがほとんど)
私は冷たいコーヒー頼んだらこんなもの出てきました。
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次に1時間ほど走り、古都エステルゴムにあるハンガリーカトリック総本山の大聖堂を訪ねました。
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敷地内の一角では聞きなれたメロディーの演奏がなされており、しばし立ち止まる。

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大聖堂に入場、荘厳です。世界最大のキャンパス画も観られました。
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礼拝堂とみごとなパイプオルガン
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真剣に説明を受けた後、家内もしばしお祈り・・・。
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大聖堂のある丘の展望所からドナウ川が大きくカーブする"ドナウの曲り角"ドナウベントを観ることができます。
橋の向こうはスロバキアです。

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単身参加のOさんと三人で撮りました。
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この後街のレストランで魚料理の昼食、食前酒はビール
メインはリゾットが土台の魚料理

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ブダペストの通貨はフォリント、日本から少々持参してましたが、使用できるのはここまで。
そこでドライブインで残りをすべて消化・・・・これには後日談があって、ウイーンのホテルでシャツを洗濯したのですが、なんと胸のポケットに2000フォリント(約1000円)入ってた。
ガラスに張り付け乾かし、ブタペストから来ている運転手に進呈しました。どんなに喜んだか

 

昼食後、2時間半の距離にある、スロバキアの首都、ブラチスラバを訪ねました。
まずは市の象徴であるブラチスラバ城に、皆さん休憩しながら外観のみ。

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お城を正面から、ここでもドナウがゆったりと流れています。
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街中に下りてきて散策
トラムも走ってます。 中央に殿とあるのがミハイル門で、かっては城壁と四つの門で守られていたが、現存する唯一つの門です。

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中世から街の中心となっていた中央広場にやってきました。
現在は、博物館や各国大使館、カフェなどがあります。

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お三人は菩提樹の木の下で一休み。私にとってはこの木は曲者でした。
写真のとおり花をつけているのですが、他の地でも何度も遭遇しました。
この花粉にやられたようです。私の鼻は外国に行くたびに症状が少なからず出ます。

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この広場には日本大使館もありました。
日の丸に菊の紋章が・・・・。
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途中観光も全て終了。
ここから1時間30分かけてウイーンの街へと入っていきました。
本日から2泊するのが街中心まで徒歩圏内のインターコンチネンタルホテルです。

夕食は、ホテルからすぐの公園内にあるレストランです(写真建物内)。

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メニューのメインはウインナーシュニッツェル・・・牛肉をたたいて薄く伸ばし、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつけ揚げる。今回レモンのみで食べました。(写真絞り失敗で写りよくない)

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無事ウイーンに到着し三日目終了・・・・・(続く)

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